バラをもっと深く知る② 樹の性質の理解が栽培上達の近道HT
花弁の先を尖らせて外に跳ね上げ、花芯をキリリと巻き上げて咲く。
そんな品種が何本も・・・。圧巻!
ここは神代植物公園(東京都調布市)のJRC(ジャパン・ローズ・コンクール)の審査圃場、第一部「四季咲き大輪系統(ハイブリッド・ティー、グランディフローラ、HT、Gr)」のコーナー。
審査会場なので、品種名はまだありません。未発表の試作品ばかりが、ずらりと並んでいます。
HT(Hybrid Tea)は「交配された」(=ハイブリッドHybrid)+ティーTeaローズのことで、世界的には20世紀に全盛のバラの系統。
当初は一つの茎に一つの花が咲いていたのが房咲き品種が登場、これらはグランディフローラ(Gr)と呼ばれることも(ちなみに現在のHTの多くは房咲きです)。
日本では21世紀になってから20年近く経った現在でも多く栽培され、ごく一般の人には「バラ」といったらこのようなHTというイメージを持つ人も多いでしょう。
花が大きいので、イギリスではラージ・フラワード・ハイブリッド・ティーと呼ばれることも。(たしかに海外で見るHTは日本より大きく咲いています)。
花形には丸弁咲き、剣弁咲き、半剣弁咲きなどさまざまありますが、とくに近くでバラを見る習慣の多い日本では、花が大きいだけでなくかたちが整っていることが求められ「剣弁高芯咲き」(けんべんこうしんさき、あるいは「高芯剣弁咲き」)が理想とされ、この咲き方がHTの代名詞にもなっています。
先が尖って外側へ反り返る花弁の表現「剣弁」と、芯を盛り上げて咲く咲き方の表現「高芯咲き」が合わさったもので、バラの一つのスタイルです。
このスタイルは1967年の‘ラ フランス’の咲き方を濫觴として、それ以前に作出された系統「オールドローズ」に対して、フロリバンダとともに「モダンローズ」とされました。
HTは、かつては「ジョゼフィーヌ以来バラ育種がめざしたかたち」、あるいは「花形が整っている」、さらに「花形が良い」とまで言われました。
「咲く」のではなく「咲かせる」
HTの美しさは、一言で言うと、「カッコイイ」。
上を向いてキリリと咲く姿です。とくに日本では、花をステムの上から30~40㎝の近くから1輪で、5~7分咲きの状態を観賞することが中心です。
咲き進んで鮮度を失い花形がくずれてきたら、花は「終わった」と捉えます。
この一瞬の止まった“美”を実現するための方法が、HTの典型的な栽培方法と言えるでしょう。
HTは平たく言うと「四季咲き大輪種」ですが、こういった咲かせ方をする場合、現実的には春一番花と秋の花、年に二回。夏の高温期は良い花にならないからです。
この剣弁高芯咲きのHT、実際に栽培した方あるいは写真を撮ろうとした方は分かるでしょうが、こういったカッコイイ咲き方には、ナカナカなりません。
そこで、これらのバラは「咲くもの」ではなく、「咲かせるもの」と言われました。このある意味での人工的な美のかたちは、バラにナチュラル感を求めることとは正反対の美です。
ちなみにHTの写真の撮り方は「曇りの日、45度の斜俯瞰で。弁先が切れないように」というのが基本とされます。「曇り」というのは、光をまわすより花色がよく発色するからです。
丸弁高芯咲きで従来はこれで花は終わりだが、この品種の春花はこの状態から咲き進んでからも花芯はみせずに花の中央がふくらんでいく。
フルーティ+スパイシーの香りもある
樹勢はあるけど、耐病性に劣る
一般的にHTは、次の特徴があります。
花と開花の機能
- 花は大輪。しかし花が少し小さくても整っていればHTとされたことも
- 花色はブルーイングしない赤色、褪めない黄色、ピュアな白色の原色が基本
- 四季咲き。しかし観賞するのは、良い花がみられる春・秋の二回
樹姿
木姿は主に半直立性。花は上を向いて咲く
- 枝は太め
- 花とバランスをとるように、葉も大きめ。原色とバランスの良い照り葉
樹の性質
- 樹勢はあるが、葉の耐病性に劣る
- 枝が軟らかめ。したがってベーサルシュートが出やすい
- 香りはあまりない
花の大きさや、花色の発色、そして日本においては整った花形が好まれ育種家もこれを追求してきたため、樹の性質の向上は二の次でした。
良い花を「咲かせる」ための栽培法
こういった整った立派な花を咲かせるためにできたのが、長年かかってできた現在の栽培法です。
地植えのHTの主な栽培方法として
用土
- 太い枝を伸ばすためには、根を伸ばすことが必要。植えつけるときはその場所の土に堆肥を混ぜるなど、物理性・化学性・生物性(固相・気相・液相)のバランスのとれたふかふかの「肥えた」土で
- 植え穴はできるだけ深く掘る。同じ場所に植える場合は生育が良くなくなるので、「天地返し」をする
剪定
- 伸ばした太い枝先に大きな立派な花が咲くため、冬剪定で深く切る
- 細い枝先に花は咲かないので、冬剪定で元から取り除く
- 摘蕾:房咲きに蕾があがってきたら、中央の蕾に力を集めて立派に咲かせるために、側蕾は指先でピンチする
- 細い枝には花が咲かない。これをブラインドと呼び取り除くか、枝先をカットする
- 内側に出た細い枝は花が咲かず、また風通しが悪くなるので間引く
- 花が終わってから花がらが枝に残り汚くなりやすいので花がらを摘む。花が終わったら伸びた枝を5枚葉の上、元部から2~3芽を残した外芽の上で斜めに切り戻す
- 樹が直立性なので、外側に向かって枝が伸びるように外芽で切る
- シュートを大切にしてシュートで更新して株姿をつくる。一つのシュートは3年くらい利用
- シュートの先につく蕾は咲かせない。早めに指でソフトピンチする
- 開花させるのは春の二番花まで。夏の花は咲かせず、蕾はピンチする
- 10月に良い花を咲かせるために、8月下旬~9月上旬に夏剪定をする。花が咲いていても小さめの夏花できれいではないので、かまわず剪定する
- 葉を落としやすい。休眠させるため、また翌春の芽を大きくするため、さらには越冬害虫や病原菌の防除をするため葉をすべて取り除く「仮剪定」をする。2月中旬までに「本剪定」を行う
施肥
- 枝の伸張を促すために、寒肥として有機肥料または遅効性の化成肥料を堆肥と一緒にすきこむ
- 芽出し肥料を蕾に色が見えるころまで与える
- 花が終わったら、追肥を与える
- 真夏は葉を薬剤散布等で葉をキープしておいて8月初旬に有機肥料を元肥として与えておいて、効果をあげるため水をまき、元気にしておいてから夏剪定を行う
- 秋花が終わったら、お礼肥を与える
薬剤散布
- 冬に株から土の面全面に薬剤散布をしておいて越冬害虫や病原菌を防除
- 先にあげたように葉の耐病性に劣るため、シーズンはじめから予防をかねて殺菌剤を散布。葉を完全にきれいに保ちたいのなら、毎週散布が必要。殺菌剤の種類を変えると効果的
- 害虫が出たら、殺虫剤を散布
・・・いかがでしょう。
こうやって並べてみると、いかに春・秋に「立派な花をきれいに咲かせるため」の栽培法であるかが分かります。
とくに剪定技術が、HTの栽培には重要であることも読み取れます。
- 大きな花は太く伸びた枝先に咲く
→だから深めに剪定する
→枝を伸ばすために肥料を与える - 葉が病気に弱いから薬剤を多く散布して葉をキープし、樹に力をつける
・・・こうやって手間をかけて、土・肥料・薬剤散布などの方法を工夫して、良い花を咲かせることがまた、バラを栽培する大きな楽しみでもあります。
日本の「植物栽培の伝統」に基づいて
こういったHTをきれいに「咲かせる」方法は、日本のバラ栽培にはすっかり根づいています。
この栽培法は、見事な花や整った株姿に咲く花を観賞するための大輪のキクづくりや、小菊の懸崖づくり、またBONSAIなど、植物を望みの姿として花を観賞する、日本が海外に誇る「仕立て」の文化に基づくものでしょう。
この栽培法、現在は少し変わってきているでしょうが、HTだけでなくその後に多く登場したシュラブローズの栽培法のベースにもなっています。
しかしこの栽培法のイメージだけが先行するあまり、理由はともかくとして「バラはこう栽培すべきだ」となって、かえって一般の「バラ栽培はたいへんだ」「手間がかかる」といった印象がいまなお続いていることも事実です。
逆の意見もあります。「基本を押さえ、やるべきときにやるべきことを行っているとちゃんと花が咲くので、樹の性質がさまざまになってきた最近のシュラブローズの栽培よりもカンタン」との声です。
変わってきた樹の性質
さてバラ全般に近年の海外の育種のキーワードは「耐病性」の向上と「香り」の2点。
「耐病性」向上への取り組みは、ドイツでは1980年代から、フランスでは2005年ごろからと言われます。
その後発表される品種は全般にますます耐病性が高まり、ここ2~3年の発表品種はかってと比べ格段に葉が丈夫になってきています。
HTについてはどうでしょう。
全世界的にガーデニングブームが始まった20世紀後半まではHTがバラの主流。
「樹勢はあるけど葉の耐病性に劣る」といった従来のHTの弱点を克服するために、とくにヨーロッパ中心に、それらの向上が図られ、耐病性が向上してきました。耐病性が高いことは、かつてほど薬剤散布に手間がかからないことも意味します。
まず育種上「香り」に対する意識が高まったのは、2006年ごろから。
各社から自社のバラについて調香師の協力を得て「香りの表現」がなされてきました。
育種上は一般に「香り」は「花保ち」や「樹の丈夫さ」と反比例します。
それらのバランスをとてって「香り」を実現することです。
香りのHTの数は多くないもののそれまでにもあって、日本では香りの分析により「バラの香りの6分類」(その後ミルラの香りを加え現在は7分類)が発表されていました。
例えばダマスク・クラシックの香り‘芳純(ほうじゅん)’(1981年)、ダマスク・モダンの香り‘パパ メイアン’(1963年)、ティーの香り‘春芳(しゅんぽう)’(1987年)、フルーティの香り‘ダブル ディライト’(1977年)、ブルーの香り‘ブルー ムーン’(1964年)、スパイシーの香り‘デンティ ベス’(1925年)などです。みなHTです。
フロリバンダに香りの品種は少なく、HTでも育種上香りが強く意識されたのはやはり、2005~2006年ごろからといえるでしょう。
そしてその後、香り高くかつ耐病性が高い品種が登場しています。
具体的な品種としては、ドイツ・コルデス社の‘ビバリー’(2007年)、フランス・メイアン社の‘アライブ’(2007年)、同‘マイガーデン’(2008年)などです。‘アライブ’と‘マイガーデン’は丈夫なバラに与えられるADRも受賞しています。
最近発表の、丈夫で育てやすく香り高いHTにはフランス・ドリュの‘ジル ドゥ ブリザック’(2012年)があります。
また高芯咲きで整った咲き方をする品種では、コルデス社の‘ウェディング ベルズ’(2010年)も。
耐病性が高く、樹姿もまとまって咲きます。
整ったかたちに咲きやすく、耐病性があり、香り高い品種には‘ヨハネ パウロ 2世’(J&P2008年)があります。
また、樹も硬くなって丈夫になってきました。
樹が硬いことは、ベーサルシュートが出にくいことを意味します。
枝が軟らかいから芽を吹きやすいので、それはまだ緑色の若い枝からは枝が伸び、古くなって木質化した枝からは芽が吹きにくいことで分かるでしょう。
そこで「シュートで更新する」ことから「木の姿に育てる」方法も。
京成バラ園(千葉県八千代市)ではシーズン中は基本的に「できるだけ葉を多く残すこと」をポイントにメンテナンスを行っています。
よく育った株は房の下で切り戻しをしますが、葉をできるだけ残しています。
まだ若い樹や樹勢がおとなしい品種は蕾を摘んだり3枚葉も残します。樹の力にまかせた自然な生長を促すわけです。
その結果株は大きく“樹の姿”になって、花は大きくなり、花数も増えています。
庭でHTを利用
丈夫で育てやすくなり、しかも香りの良いHTの登場。
しかし全世界的には発表品種は少なくなってきています。
いまはシュラブローズ、しかもある程度放任しても育ち花を咲かせる「ローズペイザージュ」(景観を彩るバラ)が全盛に。
それは6月末~7月にデンマーク・コペンハーゲンで行われた「第18回世界バラ会議」で‘ノック アウト’がバラの「殿堂入り」したことでも分かるでしょう。
ローメンテナンスで連続して咲く花を楽しむような種類です。
これらローズペイザージュは、少し離れてみて、株全体に咲く花の“色彩の面”を楽しむもの。
しかし庭が狭いせいもあって近くで花を見る習慣のある日本では、どうしても「花の良さ」の観賞に重点が置かれます。
HTしかも剣弁高芯咲きの愛好はその典型なものです。ほかのバラも同様の観賞法がなされます。
ガーデニングブームによりHTは庭で利用しにくいバラの典型とされてきました。
花が大きく、あまりにも精巧にできていて「花の主張が強いから」草花と似合いづらいとされたからです。
同時にガーデニングの一つの価値観「ナチュラル」と正反対だからです。
しかしHTの庭での活用法はさまざまあります。
海外でもローズベッド(バラ花壇)での利用もありますが、その○大きな花が○直立する樹の上に咲く性質を生かして、日本の「一株一株を完成された姿でつくる。
株の高さは“目線より下”」といった植栽パターンだけでなく、株を大きく育てて花の良さをできるだけ近くで味わう方法として次のような植栽も行われています。
HTの海外での庭での利用例
- 出窓の外側に単植
- 玄関の門扉の横に単植
- 入り口ドアの脇に単植
- 建物の角に単植
- エントランスのスグ脇に数本をかためて
- 生垣状に列植
- 庭の一番奥まったところに大きく樹木のように育てる
丈夫で香り高い品種も増えたHT。栽培はかつてよりラクになってきました。庭での効果的な植栽方法は、まだまだありそうです。
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玉置一裕
バラの専門誌『New Roses』編集長。
『New Roses』の編集・執筆・アートディテクションを行うかたわら、ローズコーディネーターとしてバラ業界のコンサルティングやPRプランニング、関連イベントのコーディネート、バラの命名等に携わる。
また園芸・ガーデニング雑誌への執筆や講演を通じて、バラの「美」について語ると同時に、新しいバラの栽培法の研究も行っている。