野菊に惹かれて 野菊咲く日本の家庭(いえにわ)の風景
晩秋になると野菊が咲く風景、いいですよね。そして、昔は、一般の庭でも普通に見られたのではないかと思いますが、最近、都会だけではなく郊外でも、庭で野菊を目にする機会がめっきりと減ったように思います。もちろん、野菊といってもいろいろなとらえ方がありますが、いわゆる晩秋に咲く、日本に自生するキクのことです。私の場合は、ノジギクやノコンギク、ヨメナなどがすぐに浮かんできます。ここで、昨年見た庭風景を振り返って、野菊について語ってみたいと思います。
野菊を見る機会が少なくなったのは、花が咲くような日本風(日本庭園という意味ではない)の庭が減って、洋風の庭が数多くなったのも影響しているのかもしれません。バラやクレマチス、花の美しい宿根草を植えた庭は、いまでは当たり前のように見られますが、そこに野菊を植えている庭はそうたくさんはないと思われます。なかなか秋にお庭を拝見する機会がないので確かなことは言えませんが、春から初夏にさまざまな花の庭を訪れた際に、いわゆる野菊の類が植わっているのを見たことはあまりありません。
秋になると咲く庭もあるのかもしれませんが、雑誌に出てくるようなお庭で咲いているのは、キクといってもキクではないアネモネ科のシュウメイギクなどが多いですね。アスターの類はときどき見かけますが、バラのお庭ではあまり見かけません。コンテナでの寄せ植えで使われることはありますが、いわゆる野菊の類はあまりないでしょう。それほど、野菊のある風景が、身近ではなくなってきているのかもしれません。
そんな折、昨年、東京の某所で庭いっぱいに群生して咲く野菊を見る機会に恵まれました。今どき少ない平屋の日本家屋の周りに、自生状態になった野菊が咲き乱れていて、その景色を見て、野菊がますます好きになりました。そして、これをお伝えしようと思ったのは、野菊の魅力をまた違った角度で、十分に知ってもらいたかったからです。そうすれば2020年の秋がとても楽しみになってきますから。
さっそくですが、「野菊」という言葉、もちろん植物名ではなく、野生のキクの総称というのがもっとも一般的な説明です。しかし、野生のキクというのがこれまた難しいのです。遡れば、キクという植物は中国から渡来したもので、元々日本固有の植物ではありません。また、そのキク属の植物以外なら、似たような花が咲くキク科植物は数多く、日本原産の種類もたくさんあります。そして、和名で〇〇キクとついているものも、シュウメイギク(秋明菊)ではありませんが、キク科以外でもいくつもあります。これではますます野菊は何かわからなくなってしまいますね。
ここでちょっと話は反れますが、野菊という言葉が一般に知られたのは、1906年に雑誌「ホトトギス」に発表された伊藤左千夫の小説『野菊の墓』も一つのきっかけと言われています。そして以前、ある雑誌で野菊の特集がありましたが、その記事で植物写真家のいがりまさしさんが、この小説の舞台に咲くキクの花が何かを推考されています。少し長くなりますが引用すると、「舞台は千葉県の松戸市近く、陰暦9月13日ということだから、今の暦にして10月半ば、そんな季節にそんなところに咲く野菊をあげるとすれば、カントウヨメナ、ノコンギク、ユウガギクあたりになるだろうか。このうち、ユウガギクは白花だが、カントウヨメナとノコンギクは薄紫だ。これは私の主観にすぎないが、左千夫はなんとなく薄紫の野菊をイメージしていたような気がする」とあります。小説に出てくるヒロイン民子の描写から薄紫のイメージを思い浮かべたそうですが、野菊はそんな日本人の好きな風景に出てくる野草であることは間違いありません。
さて、昨年見た知られざる庭ですが、植物的にはどんなキクが咲いていたのかというと、キク属のノジギク、アシズリノジギク、キイノジギク、ナカガワギク、シオギク、イソギク、アブラギク、シオン属のノコンギクなどです。
ただし、自由に育てて咲かせていると、同じ属同士ですから、交雑が結構あって、同じノジギクでも、花の色の濃淡、白からピンクまでが出現しますし、葉裏の色も白っぽいものから緑のものまで変化がありました。ただ、こうした細かい分類、識別は、趣味家や植物研究等をしている人間にとっては、関心もあり、見比べたりして確かめたいことかもしれませんが、それは専門家に任せましょう。家庭(いえにわ)での群生の姿、景色としてそれだけで十分に楽しめる、魅力にあふれているのが野菊です。
さらに、群生する姿は最も魅力ある景色の一つだと思います。自生地へ行けば素晴らしい群生を見られるのは知っていますが、こうした都会の庭で見るのはまた違った景色であり、昔はよくあった日本の庭文化の一つだと私は思うのですが、いかがでしょう。
そんな失われた家庭(いえにわ)での野菊が咲く風景、心のメディアに刻んでおきたい、そう思いながら暮れゆく令和元年を過ごしてきました。こういった庭を、これから作るのは至難の業ですし、そもそも都会で野菊の似合う日本家屋に住もうということ自体、なかなか困難です。そういった意味でも、都会にある家庭(いえにわ)の野菊は、植物的にではなく、園芸文化的に絶滅危惧種であるように思います。だからこそかもしれませんが、そんな野菊にますます惹かれていく令和2年の初春です。
取材・文 出澤清明
園芸雑誌の元編集長。植物自由人、園芸普及家。長年関わってきた園芸や花の業界、植物の世界を、より多くの人に知って楽しんでもらいたいと思い、さまざまなイベントや花のあるところを訪れて、WEBサイトやSNSで発信している。
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