冬にボタンを愛でる 上野東照宮の冬牡丹と、そして寒牡丹
冬にボタンの豪華な花を楽しめることを知っていますか。ボタンは中国原産で花の王として愛され、日本へは平安時代に入ってきた花ですが、自然の状態では4~5月に全国各地のぼたん苑や植物園などで豪華で見応えのある姿を見せてくれます。ところが、1~2月にかけて、満開のボタンが見られるところがあるのです。東京で、冬にボタンを観賞できる場所としてよく知られているのが上野東照宮です。上野公園の中にあり、冬と春の2回、境内のぼたん苑が開苑します。
上野東照宮は、徳川家康公を祭る神社として、1627年に建立され、現在の建物は1651年に徳川家光公が造営替したものです。戦災や震災にも耐え現在に至っています。その境内に、1980年(昭和55年)、日中友好を記念して開苑されたのがぼたん苑です。春は110品種600株、冬は40品種200株が栽培され、私たちを楽しませてくれています。
ところで、この時期に咲くボタンをよく冬ボタン(冬牡丹)と呼びます。ポスターなどでもよく見ます。もちろん、冬に咲くボタンからの命名ですが、もう一つ寒ボタン(寒牡丹)という言葉も聞いたこと、見たことがあると思います。実はこのボタン、正確に言うと同じものではありません。冬ボタンは春に咲くボタンを冬に咲かせたもの、寒ボタンはもともと冬に咲く性質のあるボタンのことで、違うボタンなのです。
日本人は、寒蘭、寒桜、寒木瓜など、冬に咲く種類を見つけ、それを冬に楽しむ植物として、栽培技術の確立、品種改良などを、江戸時代から進めてきました。もちろん、寒牡丹もその一つで、冬に咲くボタンとして愛でられ、伝承されてきました。しかし、寒ボタンを咲かせるのは非常に難しく、たくさん咲かせて、多くの人に観賞してもらうことは、大変な困難を伴います。
それでも、新春にボタンの花を愛でることができればと多くの日本人は心の中で思ってきたのかもしれません。自然の力で冬に咲くボタン=寒ボタンがあるのですから。そして、その思いが現代になって、植物の開花調節の進歩とともに実現した、それが冬ボタンです。
ここ上野東照宮の冬ぼたん、今年が38回目とうたっていますから、38年前にすでに開花調節が行われ冬に咲かせていたと思われます。担当者の話では、開花調節の記録は詳しく残っておらず、開苑当初は促成栽培で、途中から抑制栽培に替わったそうです。替わった理由は、夏の暑さが続くようになって、花芽分化が遅れ、促成では年始の開花に間に合わないようになったのが理由のようです。
よく、正月ぼたんとか冬咲きぼたんの名前でボタンを見ることがありますが、その多くは日本最大の産地、島根県大根島のボタンです。ボタンの開花には一定の寒さ(低温)が必要という性質を生かして、冷蔵処理等の技術の進歩で周年開花が出来るようになり、大根島では一年中、開花株を出荷していますし、現地ではいつでもボタンの花が見られます。
一方、寒ボタンも冬に咲くボタンとして、きちんと継承され、愛でられています。奈良県二上山の麓にある石光寺は、ボタンの寺として有名ですが、特に寒ボタンが多数保存されているところとして、貴重な地となっています。
開花が難しい寒ボタンですが、東照宮でも一株花を見ることができました。葉が出ずに花茎だけが伸びて花を咲かせる様子がよくわかりました。厳しい冬の中で、自力で咲いた、という姿が印象的で、あきらかに冬ボタンとは違った雰囲気を持っています。
さて、実際に咲くボタンの数々、春に見る品種と同じものが多数ありますが、よく見ると春に見る姿とは少し違うことがわかります。一つには、寒風除けとしてわらでつくった菰(わらボッチ)がかぶされていること、株元にも霜よけのわらが敷いてあること、そして春のボタンに比べて、株の丈が低い状態で葉が展開して咲いていることなどです。それでも、わらボッチは逆に冬ボタンの風景としてすっかりおなじみになりましたし、花自体は、寒さのおかげで花持ちがよく、株の入れ替えはありますが、自然開花の春よりもはるかに長い約2ヶ月近くもの間、多くの人がつねによい花を楽しめるというのがすばらしいことだと思います。
苑内は回廊になっていますが、わらボッチに包まれたボタンは、通路の途中の株は少しだけ正面を斜めにして、入り口から歩いていく人が前を向いたまま花が目に入るようになっています。また、季節の草花や木々も何気なく配されていて、ボタンの品種苑というより、初春の庭散歩という雰囲気を醸し出しています。ちょうど訪れたときはソシンロウバイが咲きだしていて、初春を彩っていました。
冬ボタンも、春のボタンと同様、赤、桃、白、黄色と花色もいろいろで、中には香りのある品種もあって、直接かいでみると本当にいい香りが自らの顔の周りを包んでくれました。そして、ところどころで、ボタンの花をあしらって小鉢などが置かれています。また、ごみ一つ、花がらひとつ視界に入ってこなかったと後で気づかされましたが、担当の方々の苑内管理のすばらしさだと思います。
苑内をめぐってみて思ったことは、冬に見るボタンと春に見るボタンは、品種が同じでもまた違った世界であることでした。春のバラと秋のバラを、たとえ同じ株でもまた違った目で見ることが往々にしてありますし、そうだと思われる方もたくさんいるはずです。ボタンも同様、同じ場所でも、同じ品種でも春と冬とでは、きっと景色も感じる部分も違うのだということが、はっきりとわかりました。
何も、春に自然に咲く花を見れば済むこと。冬にわざわざ咲かせて、それを見に行くこともない、なんて思っている方がいたら、だまされたと思って行ってみてください。冬ボタンは「冬ボタン」という、ある意味新しい文化、現代に生まれた園芸文化の一つだといってもよいかと思います。江戸時代の人々がなんとしても冬にも植物を愛でたいとし、そういった植物を集めたりした強い気持ちや関心が、時代を超えても、日本人の中からは消えていないのだ、そういう気がしました。まだまだ、見られる冬ボタン、寒ボタン。上野東照宮で2月24日(月)まで開苑中です。
◎上野東照宮
入苑期間:2月24日(月)まで
入苑時間:午前9時30分~午後4時30分
入苑料金:一般700円 小学生以下無料
アクセス:JR上野駅公園口徒歩5分 東京メトロ千代田線根津駅徒歩10分
取材・文 出澤清明
園芸雑誌の元編集長。植物自由人、園芸普及家。長年関わってきた園芸や花の業界、植物の世界を、より多くの人に知って楽しんでもらいたいと思い、さまざまなイベントや花のあるところを訪れて、WEBサイトやSNSで発信している。