更新日:2020.02.14
熊木勝裕さんが語る盆栽 基本をベースにつくり方、楽しみ方は自由自在
世界共通語となった盆栽(BONSAI)ですが、盆栽をどう楽しむかということになると、一般的には、盆栽展などで展示を見たり、盆栽園で樹を見たりするくらいしか機会がありません。
最近は、盆栽の普及のために各地でパフォーマンスをやる若手もいますし、場所や価格など誰もが気軽に楽しめる小品盆栽など自身で盆栽づくりを楽しむのもふつうのことになりました。しかし、大きな盆栽を、現代感覚の中で楽しむというとどんな楽しみ方があるのか、なかなかわかりません。今回、それを実践してきている埼玉の盆栽家、 桜花苑の熊木勝裕さんに話を聞きました。
熊木さんは代々植木生産を担う家に生まれ、育ちました。しかし、若いときは家の仕事に興味を持てずにいたそうですが、高校を卒業するころに家を手伝うようになると、そのおもしろさを少しずつ感じはじめたそうです。「23、24歳になると、本格的に取り組もうと決心、家に来るお客さんがみな盆栽のプロなので、その人たちを通して、盆栽の技術とか知識を学んでいきました。どこかの園に入って、誰かの弟子としてやっていくことは、自分の性格上難しいので考えませんでした」と熊木さんはいいます。
そのとき、一つの盆栽材料をどうしていくかとよく人に聞いたそうですが、10人に聞けば10通りの答えがあったといいます。実際には、盆栽には暗黙のルールが存在していて、プロ同士はことさらそれを明かしませんが、熊木さんが若い時分にはよく説明してくれたそうです。そして、最初は始めやすい小品盆栽から入ったそうですが、熊木さんにとっては、遊びや侘び寂びを表現できる部分が少なく、なかなか面白さを感じられなかったそうで、より遊びや侘び寂びの表現が出来ると思い、大物の盆栽へと世界を変えたそうです。
若さゆえの怖いもの知らずの挑戦でもありました。しかし、すぐに壁にぶち当たります。まだまだ従来の盆栽に知らず知らずのうちにとらわれて、「これでいいのかな、やるとまずいのかな」と自己抑制していたといいます。
黒須重夫さんとの出会い
そのとき出会ったのが、大宮盆栽村・蔓青園さんの加藤崇寿さんに誘われていった、プロを教える盆栽教室です。「黒須重夫さんの鳳青苑で行われていたプロ相手の教室でした。幸い、セミプロみたいな私をプロ5名の中に入れてくれました。午前中は座学で飾り方、午後は実地という教室でした」。
盆栽界にはいろいろな暗黙のルールがりますが、黒須さんはそんなルールを知りながらも、それにまったく縛られない人だそうです。自分の感性を落とし込んで盆栽を表現する、それを自由な形での表現がしにくい時代から、コツコツとやってきていたといいます。そして、その人に直接教わることで、「自分のつくりたいものを自由につくる」という考え方に至り、自己抑制から解放されたそうです。
今の盆栽は、完成された計算式で出来上がったような状態だといいます。「誰もがきちんとルールに沿えば、同じように仕上がる。それはある意味、いい意味で‘型にはまる’ことで、多くの人が基礎を学び取り組みやすいものになってはいるでしょう。しかし、私がやりたい盆栽は、まだ見ぬ美しさです。観察力を高めて自然を見つめ直し、それによって見えてくる些細なところのよさを表現する」。さらにこう言います。「花の咲き具合、ススキの穂のほんの一瞬のふくらみ具合とか、冬の樹形など、そんな光景に心が惹かれ学んだ事を活かす事です。自分の盆栽は、不思議ですが、盆栽という言葉が生まれる前の人々が楽しんでいる時代のようでありながら、完成された計算式を用いて何年もかけて創り込む盆栽です」。
そして、「盆栽の決まった計算式ではさまざまな植物の魅力を引き出せない事の方がたくさんあり、作り方も樹種も違う方法を模索し、今までにない自由な方法で魅力を引き出さなければなりません」といいます。教科書どおりでつくる盆栽、晴れの場を目指してつくる盆栽では、日常のさまざまな場ではしっくりこないことの方が多いのです。そして熊木さんは言います。「固定概念を外して自分の感性に素直になって、培ってきた技術を注ぎ込んで樹をつくり込んでいく、その先に出来あがるものとの出会い、それが、私が盆栽に惹かれる魅力です」。
もちろん、盆栽は長年の歴史の中で培われてきた世界です。‘型にはまって’いようがいいものはいい、観賞価値も高くて誰が見てもほれぼれするものです。それは美術品だからといいます。盆栽は工藝品と美術品にわけることができ、今の時代、工藝品が多く美術品を評価出来る方も少なくなっていると感じているそうです。美術品とは製作過程での自分の欲を切り捨ててつくらなければいけないといいます。そうしないと到底美術品にはならないとも。
現代様式の中での飾り
「また、盆栽を創ったはいいがそれを使いこなせなくてはなりません。その為に飾る世界があります。現代は建築や室内様式に大きく左右されます。大きな床の間のある家だったら、型にはまった盆栽でもいけるのでしょうが、現代の室内では型にはまった盆栽とはマッチングしにくいでしょう。そして、多くの現代人は伝統や形式を求めてはなく別の盆栽を求めているようにも思います」。そういう場が今、増えてきているのは確かですね。
日本の盆栽のプロは、そういった現代社会の要望に応えられる感性と技量が益々必要とされるでしょう。その時に、伝統盆栽の基本と技術を応用し応えていかなくてはなりません。
「いいものをつくる人はたくさんいるが、いまひとつ、従来の型から解放されていなく、大切な次の世代に繋がらないのでは」といいます。もちろん、骨格や基本、そしてつくり上げる技術、つまり盆栽のイロハなくして、従来のものさえつくれないのは論外ですが、基本をふまえて、社会の変化とかに合わせて盆栽を表現していく、そんな時代が来ているのかもしれません。
ただ、熊木さんの考えは、過去の人が築き上げてきてくれたもの、歴史や伝統、技術があって、それがすばらしくてそれをもっともっと知りたいと探っていたら、盆栽になる直前というか、手前の段階が自由であり自分のやりたい世界にフィットした、ということではないかと言います。熊木さんの手がけている「盆栽」は、身につけた技術と感性をもってつくっているので、固定概念の方からは理解が難しいと思いますが、それはそれで未来を見るためには仕方ない事です。
「最近は、なかなか時間がなくて、つくりたいものをつくりきれない状況ですが、いい素材、いい器を見ると、つくりたいと強く思う」と言います。気持ちにきちんと向き合って、素直に吐き出す、そうしてつくり上げていく中で、「自分を高めて生きる、そのために自身の中で問う時期を何年もかけて過ごす、その結果、信念が見えた」と、今の本音も聞けました。
熊木さんは、これからも自身と向き合って盆栽をつくっていくことでしょう。盆栽という「型」がすべてのような世界で、型にとらわれずに表現していく、きっといつかはこれも盆栽に必要な分野として、多くの人に認識されていくと私は思います。
写真提供:桜花苑(熊木勝裕)
桜花苑(熊木勝裕・くまき かつひろ)
住所〒336-0965
埼玉県さいたま市緑区間宮584-1
取材・文 出澤清明
園芸雑誌の元編集長。植物自由人、園芸普及家。長年関わってきた園芸や花の業界、植物の世界を、より多くの人に知って楽しんでもらいたいと思い、さまざまなイベントや花のあるところを訪れて、WEBサイトやSNSで発信している。