ハーブ王子のエジプト植物紀行2019 エジプトで食べる春の七草
エジプト、アスワンに着いて3日が経ち、ツアーグループで持参していた旅行用WiFiもこのアスワンでの2日間で使い切ってしまい、満足に家族や友達との情報共有を行うことができなかった。幸いなことに、宿泊先のイシスアイランドのロービーではWiFiに接続することが出来たのだが、さっそく接続してみると、仕事や業務連絡などが鬼のように入ってき、思わずベッドルームで青ざめた。
気分転換にfacebookやInstagramをのぞいてみると、日本ではちょうど1月7日七草の節句で、いろいろな人が各々の七草粥を披露していた、見ているだけで気持ちが和み、やっぱりぼくは日本人だと実感した。これをみて、エジプトでも七草粥をつくって食べたいと思い、ツアーメンバーにエジプトで摘んだエジプト流春の七草を使ってつくってみないかと、あまり賛同を得られないかもと思いながらも提案してみた。すると、想像をはるかに超えるほど皆乗り気で、翌朝、エジプト流七草粥づくりを決行することに。朝4時半にアラームをセットし、5時から食べられる野草の探索をひとりではじめることにした。
イシスアイランドの周辺はナイル川に囲まれ、朝は観光客も訪れない静かな雰囲気の中、ひとり探索がはじまった。おもしろいことに、目が飛び出すような変わった植物たちと遭遇するかと思いきや、これまで日本で学んで見てきた野草たちと、まさかまさかのエジプトでのご対面となった。ざっと見渡して、草本類はかなり科や属を絞ることができ、正確に種を同定できる事に驚いた。日本は温帯に属し、エジプトは乾燥帯に属している。生える植物たちもその環境を好んで生息、進化していくのだが、7割8割は植物がかぶっている。もちろん日本では在来種ではなく外来種で、エジプト圏内では在来種のくくりにあたる植物もあったが、かなりの割合で草本類は共通する事に驚いた。
一つひとつその植物を見ていくとその国の足跡が見えてくる。イシスアイランド周辺には、ホソエガラシ、スベリヒユ、カラクサナズナ、コセンダングサ、コシロノセンダングサ、シマニシキソウ、チチコグサモドキ、コシナガワハギ、オオイヌタデの仲間、イヌビユの仲間、チャボトウダイ、トウダイグサ、ヒメタツノツメガヤ、ニシキソウの仲間、イヌホウズキの仲間が確認できた。もちろんまだ未同定なものも数種類あるが、日本でもよく見る顔触れがずらり。日本から約9,700キロメートル離れたエジプトの地で、見慣れた植物たちに出合うとなんだかほっとしてしまう自分がそこにいた。
選ばれしエジプトの春の七草
イシスアイランド周辺には、思った以上に日本でも見てきた植物たちが多かった、そもそも日本で使用される正式な春の七草を正確にご存知だろうか?
春の七草は中国の人日の節句と奈良時代の若菜摘みの文化が合わさったものとされ、平安時代にセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベ、ホトケノザ(コオニタビラコ)、スズナ、スズシロの7種となった、そしてこの七草のうち3種がアブラナ科、2種がキク科で構成されている。アブラナ科とキク科は一般野菜でもほとんどを占め、例外を除いてすべてが有用植物である。まず、イシスアイランド周辺で見つけたアブラナ科はホソエガラシとカラクサナズナ。
ホソエガラシ Sisymbrium orientalisはアブラナ科カキネガラシ属のオーストラリア原産の帰化植物である。艶やかな葉は少しかじってみると癖はまったくなく、質感的にミズナに近い印象をうける。カラクサナズナCoronopus didymusはアブラナ科カラクサナズナ属のヨーロッパ原産の植物で、古来から薬草としても活用されてきた植物でもある。ただ、なかなかのインパクトと香りがあるので今回の七草には加えなかった。
次にチョイスしたのはキク科の3種だ、日本でもお馴染みのノゲシ。これはぼくが知る限り、世界的に分布しているのではないかと思うぐらい、旅する各地で生えている。ノゲシ Sonchus oleraceusはキク科ノゲシ属のヨーロッパ原産の植物で、日本には史前帰化植物として入ってきたものとされている。これは古来から菜っ葉の代用として食べられてきた野草、さっと火を通し食べれば癖もなく野菜のように食べられる、そしてチチコグサモドキ Gamochaeta pensylvanicumはキク科ウスベニチチコグサ属の一年草である、このチチコグサモドキは日本の七草でもお馴染みのゴギョウ、ハハコグサGnaphalium affineの近縁種で、この代用としてチョイスしてみた。3つ目はキク科センダングサ属のコセンダングサBidens pilosa var. pilosa。日本にもこの仲間は数多くあり、在来のセンダングサをはじめ帰化種のコシロセンダングサ、コバノセンダングサ、タチアワユキセンダングサ、ハイアワユキセンダングサ、ベニバナアワユキセンダングサ、アイノコセンダングサとざっと出してみてもこのぐらいある、この仲間は沖縄の方でサシグサ又はBidens(ビデンス)呼ばれ薬用植物として古来から親しまれている植物である。
あと3種、何にするかなかなり迷ったが、ここは野草研究家の見せどころ、よく夏場に食べるホナガイヌビユやイヌビユにそっくりな植物がイシスアイランドホテル周辺にぽつりぽつりとある、細かい種はまだ未同定ではあるが、実はこの仲間はずば抜けて美味しい野草でもある。ヒユ科ヒユ属のアマランサスの近縁種で、この仲間は、タネはもちろん、若葉や茎などを野菜として食べる地域は多い。その他はタデ科のオオイヌタデにそっくりな植物がナイル川の際にヨシなどと一緒に生えている、ここだけ見ればまるで多摩川の河川敷である。しかし、普段見るタデ類とはまたちょっと違い花序はハルタデのようで、全体的にはオオイヌタデのようなテイストでもある、これも細かい種を調べてみたらきっとおもしろいだろう。最後の一種は前回ご紹介したコシナガワハギとした、あの桜の香りが粥にどう影響をもたらすかを楽しむためである。
これでそろったエジプト風七草粥の素材たち、さてどんな粥になったのだろうか。
七草粥をつくる
さて、摘んだばかりの七草をホテルに持ち帰り、朝食のバイキングのタイミングを狙い直接交渉してみる事にした。ずらりと並んだ朝の朝食に米を使った料理が一つもなく、エジプト七草粥を半分あきらめかけていた僕を、ツアーチームの西野さんが「とりあえず交渉してみましょう、きっと厨房には米があるはず」と言ってくれて、西野さんと二人で料理長に交渉してみることにした。
料理長は、最初は非常に険しい表情だったものの、話していくうちによい意味で意外な反応を示し、僕らを厨房まで案内してくれる事になった。その時、料理長はおそらく、「米ならある、どんな風にそれを野草でつくるかやってみてくれ!」と言っていたような気がする。僕は包丁を握り急いで七草を細かく刻んだ、僕が刻んで間も怪しげな表情で僕を見つめ、「こんなものが食えるのか?」と言っているのが目で伝わってきた。
重いフライパンに米を適度に入れ、水を1カップ注ぎ、刻んだ七草を入れた。日本でつくる七草粥と何一つ変わらない。そこに塩をひとつまみ入れ、味を調えたら完成だ。スプーンで一口食べてみた。うん、なかなかいけている。美味しい。この、タイ米の質感とコシナガワハギの桜の香りが上品でバランスもよい。日本で食べる七草粥に比べてサラサラして、スープ感覚のようなテイストに仕上がっている。
このあと西野さんや料理長、そしてツアーチームの面々に食べてもらった。予想以上に大好評で、2019年1月7日にエジプトでも、エジプトの野草を用いた七草粥をつくり美味しく食べることができた。その余韻をかみしめながら、次の訪問地、地中海沿岸にある港湾都市アレキサンドリアでは、日本で見たことのない植物たちと出会うことなる。(続く)