古代と現代を繋ぐハス、大賀ハス
夏、ハスの花の季節です。ハス(学名・Nelumbo nucifera、英名・Lotus)はインド原産の多年生水生植物です。地中の地下茎から茎を伸ばして、水面やときには水面の上に葉を出します。花は6~8月に開花、早朝に咲き始め昼には閉じてしまいます。誰もが食べたことのある蓮根と書くレンコン、私たちのくらしでも身近な植物と言えます。
ツボミが開いた大賀ハス
花弁が開いた大賀ハス。
花弁が完全に開ききった大賀ハス。
花が終わり、花托が見える
ハスは果実の皮が大変厚く、土中でも発芽する能力を長期間保持できます。日本でも千葉市検見川や埼玉県行田市で発掘したタネが、その後花を咲かせて、古代から蘇った古代ハスとして知られています。その中でも、千葉で発掘されたハスの実は、後の科学的測定から、約2000年前のものと推定され、発見者である大賀博士の名前をとって大賀ハスと名づけられ、今では全国各地でその花が見られます。
千葉公園蓮池の大賀ハス
特に、千葉市にある千葉公園の蓮池では、大賀博士が発掘したタネから発芽した株を分けたものを、その後、栄養繁殖(株分け)で咲かせて、増やしているので、2000年前の株のクローンともいえるハスです。私たちは時空を超えて古代のハスの花を見ていることになります。
千葉公園の蓮池で開花したオオガハス、千葉市の花だ。
その大賀ハス、発見の経緯を見ていきましょう。名前の由来となった大賀一郎博士(1883年生まれ)は、東大時代に指導教授から授けられたテーマがハスに関するものだったことから、ハスとの関わりが出来たようです。その後、中国で発掘された約1000年前のハスの実の発芽試験に成功、開花には至らなかったようですが、さらなる古代のハスを求めて、昭和25年千葉県滑河で出土した1200年前の須恵器の中のハスの実の発芽にも成功、しかしその後枯死してしまったそうです。
晩年、博士がくらした府中市、その郷土の森に立つ大賀博士の銅像。
ますます、古代のハスを蘇らせる夢に没頭する大賀博士、そのころ東京大学検見川厚生農場(現・東京大学検見川総合運動場)の泥炭地で、丸木舟などの発掘調査が行われ、出土した丸木舟とハスの花托の遺跡を見て、タネもあるはずと博士が確信、昭和26年3月に発掘調査をはじめました。しかし、なかなか種子は見つからず、資金も底をついてきた調査期限終了の前日3月30日に、発掘調査に参加していた花園中学の女子生徒が種子らしきものを1粒発見し、ハスの種と確認しました。さらに調査を延長して、4月6日には2粒の種子を発見しました。
千葉市花見区検見川にある現・東大総合運動場にある、大賀ハスのタネが発見された地。外の通りから観覧可能。
その後、博士の自宅のあった東京都府中市で3粒とも発芽処理を行い、千葉県農業試験所(現・農林総合研究センター)へ移送しました。その中で1株だけが成長し、昭和27年春、その蓮根を3つに分け、東大園芸試験所、千葉公園、県農業試験場へ栽培を委嘱しました。東大の株はさらに栽培を委嘱された伊原茂氏宅でその年に開花しました。花弁23枚、花径25㎝の立派な花だったそうです。その花は11月に、「LIFE」という雑誌にカラー写真で紹介され、驚きを持って全世界に発信されました。さらに、千葉公園の株が昭和28年、農業試験所の株も昭和30年に開花しました。昭和29年には、千葉県の天然記念物に指定され、名前も発掘した大賀博士からとって「大賀ハス」と名づけられて、その後、全国へと普及していきました。
JR千葉駅千葉公園口には千葉市の花大賀ハスの解説が大きく出ている
千葉公園蓮華亭で、大賀ハスの説明版にあった、昭和27年に雑誌「LIFE」に掲載され世界に発信された、発見種子の開花記事(左)。
大賀ハスは極早咲きのハスなので、今年はほぼ花が終わりましたが、6月、大賀博士が晩年に過ごした府中市内、郷土の森にある蓮池を見にいきました。大賀ハスだけではなく、大賀ハスから生まれた品種や、他の品種など、多くのハスが咲いていました。
舞姫蓮。大賀ハスと他種との交配で生まれた品種
府中の蓮池で見られるいろいろなハス
桜蓮(おうれん)
天竺斑蓮(テンジクマダラハス)
瑞光蓮(ズイコウイレン)
魚山紅蓮(ぎょざんこうれん)
知里の曙(ちりのあけぼの)
2000年の時空を超えて開花した〝大賀ハス”、ロマンに満ちた命の物語として、来年は、多くの方に見ていただきたい花だと思います。そして、ハスという植物が太古の昔から私たち人間とともにあったことに思いを馳せるのもよいのではないでしょうか。
千葉公園の大賀ハス、後方は千葉都市モノレール
府中郷土の森にある蓮池
府中市郷土の森にある、大賀博士の顕彰碑
取材・写真 出澤清明
園芸雑誌の元編集長。植物自由人、園芸普及家。長年関わってきた園芸や花の業界、植物の世界を、より多くの人に知って楽しんでもらいたいと思い、さまざまなイベントや花のあるところを訪れて、WEBサイトやSNSで発信している。