見てみたい、行ってみたい花の絶景 7 オキナグサ 最後の聖地・宮崎
以前、ネット上にオキナグサをテーマにしたサイトがありました。残念ながら現在は閉鎖されてしまいましたが、そのサイトのオキナグサの想い出のコーナーが印象に残っています。読者から応募されるオキナグサにまつわる想い出を集めたエピソード集です。目立つのは、日本ではなく大陸での話。戦中戦前に住んでいた中国東北部などで見たというものが多いのです。
そこから推察されるようにオキナグサは大陸系の植物です。一日中日の当たるような草原に咲くのが本来の姿なのです。日本列島でオキナグサが咲くところは、一部、河川敷の岩場や崩れやすい土壌の急斜面などもありますが、多くは人間の手が入った草原です。そんな草原は、第二次大戦後のエネルギー革命で急速に減少した環境です。オキナグサもまたその環境の消失と同時に姿を消していった植物なのです。近年では、哺乳類の食害が絶滅に拍車をかけている地域もあります。
都井岬のオキナグサ
そんななか、ここ宮崎県では、2か所、オキナグサの聖地ともいうべき自生地が残されています。そのひとつが都井岬です。野生馬・御崎馬が有名な都井岬ですが、この野生馬の放牧のため、岬一帯には草原が広がっています。もともと、海に突き出た山岳というような地形ですから、強風のため森林が成立しにくいのでしょう。その自然草原が馬の放牧によってさらに広がっているのだと思います。放牧の歴史は17世紀までさかのぼるといわれています。
オキナグサは馬が食べないため残るといわれますが、春の一時期、ほかにもフデリンドウやスミレなど小さな野草が花を咲かせています。
和石集落のオキナグサとタカナベカイドウ
もうひとつは、宮崎市高岡町にある和石(よれし)という集落です。谷あいにあるこの集落では、水田に日が当たるよう、山裾の照葉樹林を伐採し、帯状の草原が維持されてきました。そこにオキナグサが咲くのです。和石集落の30世帯はほとんどが高齢者世帯です。この帯状の草原の維持活動も困難になりつつありますが、草刈りボランティアなどの組織ができサポート活動もされています。2018年には『和石地区田園の景観を守る会』が、環境省から地域環境保全功労者表彰を受けました。
さらにこの時期の宮崎で見過ごせないのは、タカナベカイドウの存在です。中国原産のカイドウ(ハナカイドウ)や、霧島に自生するノカイドウに似た種類ですが、未だ正式に記載されていません。南谷忠志氏の聞き取りによると、高鍋町の湿地に自生していたものだといいます。発見された時点で、すでに自生地はなく、民家の庭先に移植されたものだけしかありませんでした。現在、高鍋町の高鍋湿原や美術館などで植栽されたものが見られます。
ひと昔、いやふた昔前は新婚旅行先として大いににぎわった宮崎ですが、今は植物に関係する人間にとって、植生の豊富さと特異性からも、興味の尽きない土地柄です。
◎都井岬へのアクセス
JR日南線で宮崎市内から串間まで快速で約2時間。串間からコミュニテイバスで都井岬へ約40分。車では高速道田野ICから約1時間30分。所在地=宮崎県串間市大納御崎
いがりまさし
(植物写真家、ミュージシャン)1960年愛知県豊橋市生まれ。関西学院大学文学部美学科中退。前後して、自転車で「日本一周笛吹行脚」。その後、リコーダーを神谷徹氏に師事。25歳の時、冨成忠夫氏の作品に出会い植物写真を志す。
印刷会社のカメラマンを経て1991年独立。写真家、植物研究家として、幅広いメディアに出稿活動を展開。2009年ごろより音楽活動を再開。
自然と伝承音楽をお手本に、映像と音楽で紡ぐ自然からのメッセージを伝える活動を全国で展開中。主な著書に、『日本のスミレ』『日本の野菊』(以上、山と渓谷社)、『きせつのくさばな100』など多数。音楽CDに「名もなき旋律」など。
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