この記事のための場所を選定していると、ついつい離島が多くなります。初回の甑島、ハマベノギクの壱岐、トウテイランの隠岐、それに続き日本列島の離島の本命ともいうべき佐渡を取り上げます。
離島に見られる一般的な傾向といえば、植物種の個体数および個体密度が高いことがあげられます。生態系のバランスが本土とは少しちがうのが大きな要因でしょう。佐渡の場合は、クマ、シカ、サル、イノシシなどの、大型哺乳類がいないのも、その象徴的な要素です。春先に咲く、カタクリやキクザキイチゲ、ミスミソウやシラネアオイなどの群落も素晴らしいのですが、今回は、夏のはじめの海岸で繰り広げられる、海浜植物の饗宴をご紹介します。
なんといっても、有名なのは、佐渡最北の景勝地、大野亀を中心に群生するトビシマカンゾウです。佐渡のほか、山形県の飛島や酒田市の海岸の自生が知られています。ニッコウキスゲ(ゼンテイカ)の島嶼型変種でやや大型であること以外、顕著なちがいは見つかりません。しかし、シカの頭数がふえると、真っ先に食べられてしまうニッコウキスゲは、多くの自生地で群落が衰退していますが、シカのいない佐渡では昔日のままの群落が保たれています。
とはいえ、最大の群生地である大野亀の草原は、もともとは採草地だったそうです。放置すれば低木林になってしまうところ、牛馬の餌や茅葺屋根の材料を採るための草原として管理されていた、いわゆる里山の茅場です。人が切り開く前は、急傾斜の岩場などに点々と咲いていたトビシマカンゾウが、その里山の茅場に住処を見つけ、一斉に咲くようになったのでしょう。現在では観光を主目的としてこの草原が維持されていますが、本来、里山の生活文化と佐渡の大自然の接点に生まれた景観なのです。
スカシユリも、トビシマカンゾウとほぼ同じ時期に咲く、この季節の佐渡を代表する植物です。東日本、北日本の広い範囲に自生しますが、対岸の新潟本土と比べても、佐渡の群落は見事です。
そして岩場にはイブキジャコウソウが咲くところ、ハマオトコヨモギに寄生するハマウツボが咲くところもあり、普通に見られるハマヒルガオやハマナス、メノマンネングサやアサツキなどをまじえて、海岸の花回廊はまさに百花繚乱です。
トビシマカンゾウの季節は6月初め。関東以西ではそろそろ梅雨前線の影響で湿度が高くなる頃ですが、新潟から北では、日中少々気温の上がることがあっても、湿度は低く海からの風は涼しく、そしてこの時期の日本海はたいてい湖のように凪いでいます。海に沈む夕日を見ながら一献傾ける頃には、一枚、はおるものがほしくなるにちがいありません。
◎佐渡島へのアクセス
新潟までは新幹線や航空機、車を利用、新潟港から佐渡汽船で佐渡島両津港へ。
カーフェリーで約2時間30分、ジョットフォイルで約65分。その他、直江津~小木の高速カーフェリーで約1時間40分(運休期間有)。
いがりまさし
(植物写真家、ミュージシャン)1960年愛知県豊橋市生まれ。関西学院大学文学部美学科中退。前後して、自転車で「日本一周笛吹行脚」。その後、リコーダーを神谷徹氏に師事。25歳の時、冨成忠夫氏の作品に出会い植物写真を志す。
印刷会社のカメラマンを経て1991年独立。写真家、植物研究家として、幅広いメディアに出稿活動を展開。2009年ごろより音楽活動を再開。
自然と伝承音楽をお手本に、映像と音楽で紡ぐ自然からのメッセージを伝える活動を全国で展開中。主な著書に、『日本のスミレ』『日本の野菊』(以上、山と渓谷社)、『きせつのくさばな100』など多数。音楽CDに「名もなき旋律」など。
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