植物写真家の行かない島・壱岐(いき)
壱岐は、九州の北方、玄界灘の沖に浮かぶ長崎県の島です。対馬とセットにして語られることの多い島ですが、日本でこの島に行かなければ見ることのできない植物を多数かかえる対馬に比べると、壱岐の植物相は特徴がありません。壱岐で見られる植物のすべては、対馬、あるいは日本のほかのどこかで見られるものばかりなのです。
そうなれば、植物写真家にとって、交通不便な島にわたる理由はありません。壱岐で撮影された植物の写真を、商業出版物でほとんど見かけないのは、このためなのでしょう。それまで、私も、壱岐に行く理由が見つけられずにいました。
ところが、一昨年、旧知の学者から壱岐の情報が入りました。栽培品をもとに命名され、自生地のよくわかっていない野菊らしきものが壱岐にあるというのです。その正体を確かめるべく、禁断?の壱岐に渡ったのでした。
そこで驚いたのは、海岸に咲く野菊の量です。ハマベノギクとダルマギクが混然一体となって咲くところは、九州から中国地方にかけて、点々とありますが、こんなすさまじい咲き乱れ方をするところを他に知りません。海岸の草地が薄紫色に染まって見える景観は、30年近くにわたる植物写真家生活で初めて目にするものでした。
おそらく、壱岐に住む人は、生まれながらに見ているこの景色を、日本でも稀なものとは知らずに見ているのでしょう。知られざる植物群落の多くはそうですが、旅人だからこそ気がつく、その土地の魅力のひとつなのかもしれません。
玄界灘の身のしまった刺身で、壱岐焼酎を飲みながら、それまで誰も見に来なかった野菊のお花畑をめぐる旅は、私にとって、近年まれに見る充実した旅になりました。
◎壱岐へのアクセス
海上:博多港から芦辺港へ、高速船約1時間5分、カーフェリー約2時間10分
博多港から郷ノ浦港へ、高速線約1時間10分、カーフェリー約2時間20分
唐津東港から印通寺港へ、カーフェリーで約1時間40分
空路:長崎空港から壱岐空港へ、空路約30分
いがりまさし
(植物写真家、ミュージシャン)
1960年愛知県豊橋市生まれ。関西学院大学文学部美学科中退。前後して、自転車で「日本一周笛吹行脚」。その後、リコーダーを神谷徹氏に師事。25歳の時、冨成忠夫氏の作品に出会い植物写真を志す。
印刷会社のカメラマンを経て1991年独立。写真家、植物研究家として、幅広いメディアに出稿活動を展開。2009年ごろより音楽活動を再開。
自然と伝承音楽をお手本に、映像と音楽で紡ぐ自然からのメッセージを伝える活動を全国で展開中。主な著書に、『日本のスミレ』『日本の野菊』(以上、山と渓谷社)、『きせつのくさばな100』など多数。音楽CDに「名もなき旋律」など。
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