第18回世界バラ会連合世界大会(World Rose Convention)で、横浜イングリッシュガーデン(以下、YEG)が栄誉ある「世界バラ会連合 優秀庭園賞(Award of Garden Excellence)」を受賞しました。開園から10年未満、現在のガーデンに再整備されてからも6年しか経たない時点での受賞は世界的には驚きかもしれません。しかし、授賞式にも参加したYEGスーパーバイザーの河合伸志さんに話を聞けば、少しも驚きではなく、必然のように思えます。一国一候補となり、審査基準もこれまで以上に厳しくなった今回、11候補のうち4候補が受賞できなかった中での、最高評価を受けたYEG。その秘密に迫ります。
世界バラ会連合世界大会(World Federation of Rose Societies)は、1968年に発足し、現在、世界40か国が参加するバラ愛好家(ロザリアン)のための世界的組織で、バラに関する知識や情報の交換など、さまざまなグローバルな活動をしています。そして3年に1回開催される世界バラ会連合世界大会、そこで殿堂入りのバラや優秀庭園賞などを選定しています。今年の殿堂入りのバラは、ノックアウト、そしてオールドローズ部門はキッモコウでした。1998年より表彰が始まった優秀庭園賞は、YEGが日本で8ヶ所目の受賞、今回の大会までで、世界各地で64ヶ所が受賞しています。
同じくオールドローズ部門で殿堂入りしたキモッコウ(ロサ・バンクシア‘ルテア’)。日本でも庭でたくさん利用されている(横浜市内M邸)。
横浜イングリッシュガーデン スーパーバイザーの河合伸志さんにお聞きしました
今回、どのような評価でYEGが受賞したのか河合伸志さんに聞きました。
「昨秋、会長以下、役員の方々がYEGを視察されました。最初にみなさんに評価いただいたのは、世界にも類のないバラと宿根草や樹木などとの混植ガーデンであることでした。そして、世界的に見れば狭い敷地に1800品種ものバラがあること、そのうち500品種が日本の品種であり、自国の品種を栽培・保存していること、混植ガーデンのデザインや色合わせが素晴らしいこと、管理の状態がものすごくよいこと、品種名などの表記がきちんと明記されていること、スクールやイベントなどが充実していて、教育的視点も充実していることなど多項目で、高い評価をいただきました」
会長のケルビン・トリンパー氏の国、オーストラリアでは自国のバラの古い品種がほとんど保存されていないといいます。ローズガーデンの優秀さをこういった多様な視点で評価する、これはローズガーデンに限らず、植物園やその他のガーデンでも質の向上に役に立つ視点だと思います。
品種名の表記がきちんと明記されている
では実際に園に出て見てみましょう。名札の表記についての評価がありましたが、具体的に河合さんにうかがいました。
「バラの名前の表記ですが、バラには同じ花にいろいろな流通名がついていることもあります。そこで、一番通用している名前(流通名)を表記し、次にコードネームを表記します。これは世界共通です。このコードネームからは育種者もわかります。最初の頭3文字がそのコードで、例えばKORはドイツのコルデス、MEIはフランスのメイアン、ZENは日本の河合伸志、つまり私です。こういった世界標準の記名はなかなか見られないと思います。もちろん、古い品種などにはコードのないものがありますが、必要な表記は満たしています。名前の情報をしっかりと記すことは、その花の情報をしっかりと追える、ということで、教育的視点からの評価も得ました」
→ZENは河合さんのブリーダーズコード、ClPol→系統クライミングポリアンサ系、JPN→作出国で日本、2007年→作出年、河合伸志→作出者となっている。
混植ガーデンのデザインや色合わせが素晴らしい
園内を歩いていても、夏の時期、バラは二番花の残り花がある程度でローズガーデンとしては鑑賞時期ではありません。しかし、混植ガーデンの特徴がこういった時期にいかんなく発揮されます。バラは残り花程度でも、ユリが満開に咲いていたり、ミソハギのような野趣に富む花も咲いています。年間を通して楽しめるローズガーデンというのも高い評価であったのかもしれません。
ガーデン管理の状態がものすごく良い
そして高い管理能力によるガーデンの状態のよさ。猛暑の中でもガーデナーの方たちが、枯葉や花柄、枯れ枝などを整理したり、水やりを十分にしたりと、開園中でも作業に務めていました。この管理の高さは、これまで受賞した多くの日本のガーデンにも当てはまることで、総じて日本の栽培技術と管理能力の高さは評価されてきたようです。
世界バラ会連合世界大会に参加した河合さんに、世界のバラの潮流についてお聞きしました
こういった、さまざまなガーデン力、バラ力によって、YEGはこれまでにない高い評価を得られたのだと思います。そして、
世界バラ連合世界大会に参加した河合さんに、世界のバラの潮流について聞きました。
「今回、群馬県中之条町で整備しているバラ園の開園を前に、ゆっくりと渡欧できず、弾丸ツアーで授賞式に臨んだのですが、その中で参加できた世界のブリーダーのパネルディスカッションから得られた確かなことは、日本のバラの育種はまだまだ世界に通用していない、ということでした。
今、世界の育種のベースは耐病性のある品種であることが絶対条件です。花形や花色、香りや株姿、どれをとっても国内的にはすばらしい品種はたくさん生まれています。しかし、そこに耐病性という条件がなければ、日本以外、特に欧米ではまったく通用しない、相手にされないというくらいの状況があります。その耐病性のハードルも、EU圏内での薬剤規制等もあって、かなり高いものです。
今回、殿堂入りしたバラ‘ノックアウト’にしても、日本ではあまり人気はありませんが、ヨーロッパではよく利用されています。何故か、病気に強いからです。日本は気候のせいもありますが、やはり私が育種した品種にしても、耐病性のなさ、特に黒星病への弱さを認めざるを得ません。こんなところが、いまだにバラの栽培は難しいと、一般の方々が思う理由にもなっています。しかし、日本の育種ではそこが最優先課題になっていないように思います。これからは、これまでの育種の方向に高い耐病性を交えた改良が必須です。そうしないと世界のバラの潮流から日本は取り残されてしまい、ガラパゴス化してしまうのではないかと、私自身に言い聞かせています」
今年殿堂入りした品種、病気に大変強くヨーロッパでは広く栽培されている
(Knock Out/フランス/メイアン/2000年/フロリバンダ系 ※実際の作出者は、アメリカのラドラー氏と言われている)
私たち、一般のバラ愛好家にとっても、病気に強い品種と言うのは、栽培の容易さにつながることで、歓迎される流れだと思います。ただ、日本人の栽培技術の高さが、そういった部分を乗り越えてしまっていて、今一つその辺の課題が、重要視されていないのではないか、ということもあるように思います。
誰もが美しいバラを、美しく見たい、育てたい、バラ好きの一番の思いです。そのためにも、世界で認められたYEG、横浜イングリッシュガーデンからは、これからもバラに関しての情報を広く発信してほしいと期待しています。そして秋のバラシーズン、ぜひ世界が認めたローズガーデンへ足を運んでみてください。
さらに2024年、広島県福山市で第20回の世界バラ連合世界大会が開催予定です。このときには、耐病性もある上に、花形、花色、香り、株姿など日本らしさを持った、世界に通用する品種が登場しているはず、と私は確信しています。
※優秀庭園賞受賞一覧(日本)
福山市ばら園(広島県)/大阪市靭公園バラ園(大阪府)/神代植物公園(東京都)/花フェスタ記念公園(岐阜県)/京成バラ園(千葉県)/佐倉草ぶえの丘(千葉県)/アカオハーブ&ローズガーデン(静岡県)
横浜イングリッシュガーデン
(写真・文 by Deru)