「カップ咲き」「ロゼット咲き」などオールドファッションド(オールドローズの咲き方)、HTの「剣弁高芯咲き」、FLの「半八重咲き」・・・バラの本といったら、必ず巻頭に書いてある花形の表現です。
しかし最近は「何咲き」とも呼べないバラが多くなりました。というのも、花形は花弁の表現(剣弁、丸弁など)と咲き方の表現が入り混じりさまざまなバリエーションが増えたからです。それらの中でも日本ででとくにここ数年人気を集め、「咲き方」の一つのカテゴリーとして確立しても良いと思われるのが「波状弁咲き」の品種。花弁が波打って重なる咲き方で、正確には「はじょうべん」でしょうが、通常はやわらかく「なみじょうべん」と呼ばれています。
この咲き方の品種、海外品種にも一部ありますが、ここ数年の海外育種家は樹の性質の向上の方に注力しているので、発表される品種の多くはロゼット咲き。一方日本の育種家は、愛好者のニーズ~四季咲き性と微妙な花色・繊細な造形、やわらかな芳香など~に沿って育種・選抜・発表しますので花形は多様になっており、とくに目立つのが波状弁咲き品種です。
日本生まれの波状弁咲きの主な品種を、ある程度の時系列で追ってみましょう。
2000年。当時はガーデニングブーム勃興期。カップ~ロゼット咲きが注目されはじめたころ、育種名人・寺西菊雄さんが発表した四季咲き大輪種‘ニューウェーブ’の花はゆるやかな波状弁咲き。多くの人が「何か気になり」ました。
ニューウェーブ
当時この咲き方で知られたのはFL‘パーマネント ウェーブ’‘エンジェル フェイス’、そしてつるバラの‘スパニッシュ ビューティー’くらい。それまで剣弁高芯咲きをつくり続けた育種家が「何か気になって」残していたものです。この「何か気になった」が、毎日花だけと対峙し続けた育種家の“眼”であり、新しいものを生み出すクリエイターの“力”なのでしょう。写真の株は15年以上経ったもの。それでもこの花付き!
2008年。河本純子さん(河本バラ園)は、天使のバラ‘ガブリエル’(花ごころヘブンシリーズ)を発表、現在に至るまでその神秘的な雰囲気で、多くの人の心を魅了し続けています。春は翼を大きく広げるように、秋はカップ咲きになってさらに神秘的に。この花を目にしたとき、ほかのことは忘れてしまいます。さて海外の育種家もその造形には注目。河本純子さんはその後、“自己の感性に忠実に”多くの波状弁咲き品種(‘ラ マリエ’‘サイレント ラブ’‘ジャンティーユ’など)を発表し、自身のスタイルとして確立させています。
ガブリエル
2013年春、‘シェラザード’を木村卓功さん(バラの家)が発表するやいなや注目を集め、多くの人にその存在を知らしめました。以降、栽培の容易さも考慮し、日本の暑い夏でも良い花を咲かせるバラを目指す“東洋のバラ”ロサ オリエンティスの思想とともに、幅広い層の共感を得ています。現在ヨーロッパでも「プリンセス オリエント」名で販売され、あっという間に売り切れるなど、ロサオリだけでなく、いまの日本を代表するバラの一つに。2016年にはもう一つの人気品種‘オデュッセイア’との交配により‘ライラ’も生まれました。
シェエラザード
木村さんが翌2014年に発表した‘ダフネ’(ヨーロッパ販売名「ポーセリーヌ オリエント」)はさらに耐病性高く・樹勢強く、シュラブとしても、つるバラにもできるタイプ。花もち良く、乾いた環境下では薄緑色まで変わる花を楽しめます。
ダフネ
コマツガーデンオリジナルの‘ヒーリング’は2013年発表。青みを含む明るい桃色の大きめの花が、木立性の株の上にティー+ミルラの香りを漂わせながら、咲き続けます。
ヒーリング
武内俊介さん(京成バラ園芸)は2014年和歌のバラの一つとして‘しののめ’を発表。中輪花は淡いアプリコットピンクから咲き進んでさらに淡くなり、房咲きになって、明け方の空(しののめ)のように、咲き混じります。株は木立性でコンパクト。「病気に強いこと」もこの品種を選抜した理由と言います。
しののめ
そして昨年2016年。秋に三重県津市の赤塚植物園の「レッドヒル ヒーサーの森」に、ローズガーデンがオープンしました。その記念花として、河本純子さんがほか2品種とともに‘コリーヌ ルージュ’(フランス語で「赤い丘」の意味)を発表。深みのあるビロード赤の花は、半剣弁咲きから咲き進んで波状弁咲きになります。樹は木立性です。
コリーヌ ルージュ
2016年春には京阪園芸F&Gローズの新シリーズ「ネオモダン」(今井ナーセリー作出)が発表されました。ラインアップ5品種のうちトップ人気なのが、‘リベルラ’です。ライラックからシルバーに咲き進む花は、ときに細かく“ふるえるように”波打ち、重なります。
リベルラ
このほかにも、たくさんの波状弁咲き品種があります。みな四季咲きで、ほとんどの品種が花色はニュアンスに富み、多くの品種には香りは強く感じないものの繊細な芳香があります。開花段階でも咲く季節によっても微妙に姿を変えるのは、日本のバラならでは。
波状弁咲きの品種が「人気」・・・それは、多くの人が目にした花を心地よく感じ、心惹かれたからこそ、そうなるのでしょう。その花が「波状弁咲き」だからではなく。
この記事で紹介された植物について
バラ
学名:Rosa /科名:バラ科 /別名: /原産地:アジア、ヨーロッパ、中近東、北アメリカ、アフリカの一部 /分類:落葉(ツル性)低木 /耐寒性:中~強/耐暑性:中~強
気品あふれるその華やかな姿から、花の女王とも呼ばれるバラ。
玉置一裕
バラの専門誌『New Roses』編集長。
『New Roses』の編集・執筆・アートディテクションを行うかたわら、ローズコーディネーターとしてバラ業界のコンサルティングやPRプランニング、関連イベントのコーディネート、バラの命名等に携わる。
また園芸・ガーデニング雑誌への執筆や講演を通じて、バラの「美」について語ると同時に、新しいバラの栽培法の研究も行っている。