~2018年は日本のバラのエポックメイキングな年② ~河本純子さん(河本バラ園)
おもしろい! でも・・・ちょっと育てにくい。一方最初は強烈なインプレッションはなかったけれど、育てているといつも安定して咲き、手放せない-バラを育てていて、こんな経験をしている方も多いでしょう。
バラには色やかたちなど「花の美しさ」と、葉が丈夫であるなど「樹の機能」の両方の側面があります。「香り」はそれ以外のもう一つの魅力です。
いまの海外のバラは、主に「耐病性」の向上と「香り」(強い香り)に重点が置かれています。花はロゼット~カップ咲きが主流。これに対して日本のバラは多少性質の弱さはあろうとも花色と花形の変化が追求されてきました。その背景には、高温多湿の栽培環境下で長らく培われた「栽培技術」がベースにあるからです。また最近は全世界的な葉の「耐病性」向上の流れの中で、「丈夫で育てやすい」バラも多く登場しています。
育種家は常に選抜の段階で、花の美観と育てやすさのバランスに常に悩みます。両者はなかなか並び立とません。発表された品種はいずれかに優れるか、両方のバランスがとれているかで選ばれたもの。それを世に問うている訳です。
花形や花色の面白さを実現した、言い換えれば育種家のクリエイティビティが発揮されたバラは、いわば「アーティスティックなバラ」。これに対して花形や花色に新しさはないものの、樹が丈夫で育てやすいバラを「ユーズフルなバラ」と言えるでしょう。
世界的な流れでは西洋のいまのバラはほとんどが「ユーズフル」。一方最近の日本のバラは「アーティスティック」と「ユーズフル」両様のバラが、併行して発表されています。「花は良いけど、樹が・・・」「とてもよく育つけれど、花が・・・」。愛好者も専門家も両方をごちゃ混ぜにして考えがちですが、大事なことは「花の美しさ」と、「樹の育てやすさ」すなわち機能性、引いては「育てやすさ」の両者は切り離せないものではありますが、別のものであること。もちろんその両方のバランスがとれている品種が、結果的に長く栽培されるバラとなることは言うまでもありません。
今回から具体的な育種家の作品ごとに、「花の美しさ」と「育てやすさ」をみて、育種家がバラづくりに何を目指すしているのかご紹介してまいります。
河本純子さん(河本バラ園)は、「女性愛好家が好むような」「草花のような雰囲気の」バラで、「花もちが良く」「よく繰り返して咲く」品種を育種・発表してきました。その作風はエアリーでフェミニン。世界中でももっとも自己の感性に忠実にバラを作出する“耽美的な育種家”の一人と言ってよいでしょう。作品では、神秘的な雰囲気で花に特別な魅力のある‘ガブリエル’や、甘く強い香りの‘ルシファー’(いずれも2008年)、花が金茶色に輝く‘エバンタイユ ドール’(2009年)などは、「アーティスティック」な感覚に勝る品種です。
一方「ユーズフル」な感覚を重視して発表したのが、2017年発表の‘シャルム’。花は赤みあるラベンダー色で、とてもすなおなクセの無いカップ咲き。樹はシュラブで細い枝先に房咲きとなり、秋遅くまで咲きます。葉の耐病性が高く、とても育てやすいバラです。
すなおな花容の‘シャルム’。ダマスク+ミルラの芳香
「アーティスティック」と「ユーズフル」いずれも併せ持つのが、 ‘クチュール ローズ チリア’(2010年)や‘ル ブラン’(2011年)、そして‘ラ マリエ’(2009年)など。
‘クチュール ローズ チリア’は弁先の切れ込みが斬新。樹は枝がやや片伸びしやすいものの、とても丈夫です。ビーズ刺繍デザイナー田川啓二さんに捧げられました。
‘クチュール ローズ チリア’。力いっぱいに咲く春一番花
‘ル ブラン’の花は巧緻。苗のうちは枝がごく細く一見弱そうなものの枝が硬く、年々樹がしっかりとして多くの花を繰り返して咲かせるようになります。
花弁の表現が豊かで花弁の重ね方が巧緻な‘ル ブラン’
また「育てやすい」ことには、HTやFLの栽培方法のようにわれわれ日本人にとって手馴れた方法に合っているかどうかもあります。‘ラ マリエ’は花の雰囲気はやわらかで、木立性FLのようなタイプで樹の性質も素直。多くの人に愛されて、ロングセラーとなっています。
花はやわらかく、樹の性質は素直で育てやすい‘ラ マリエ’
河本純子さんにはかつて剣弁高芯咲きの花を育種していた経験も。その結果咲きはじめが剣弁高芯のようなかたちで、咲き進んで波状弁の咲き方になる品種が多くあります。最近の発表作にはHTのような半直立性の樹に独自の波状弁咲きの大輪花を咲かせる品種も。樹は半直立性、咲きはじめは半剣弁高芯咲きで開くにつれ波状弁の大きな花に。俳優・三上真史さんのイメージでつくられた‘爽(そう)’(2016年)もその一つ。奥にこもったほど良いブルー系のさわやかかつ甘い香り。樹勢がありシュートをよく出します。人気品種です。
‘爽(そう)’は半剣弁から咲きはじめ波状弁咲きに
HTのスタイルに自己の表現が最も発揮された品種の一つが‘サフィレット’(2016年)。チェコのアンティークガラスの花名の通り、紫ピンク・茶色が花弁に滲み、緑色も混じります。中央が膨らんだHTのような蕾から花芯を巻き上げて、波打つ花弁の大きな花に。あたたかみのある肌の香り。河本純子さんがその花と樹のスタイルに自己の感性を表現した、これぞアーティスティックなバラ、と言って良いでしょう。しかしアーティスティックだからといって育てにくいことはありません。樹は半直立性で、強健とはいえないまでも通常以上に育ち、秋遅くまで花を咲かせます。
とてもアーティスティックなバラ‘サフィレット’
(次回の育種家へ続く)
この記事で紹介された植物について
バラ
学名:Rosa /科名:バラ科 /別名: /原産地:アジア、ヨーロッパ、中近東、北アメリカ、アフリカの一部 /分類:落葉(ツル性)低木 /耐寒性:中~強/耐暑性:中~強
気品あふれるその華やかな姿から、花の女王とも呼ばれるバラ。
玉置 一裕
バラの専門誌『New Roses』編集長。
『New Roses』の編集・執筆・アートディテクションを行うかたわら、ローズコーディネーターとしてバラ業界のコンサルティングやPRプランニング、関連イベントのコーディネート、バラの命名等に携わる。
また園芸・ガーデニング雑誌への執筆や講演を通じて、バラの「美」について語ると同時に、新しいバラの栽培法の研究も行っている。