ヘレボルス・チベタヌス 好きにならずにいられないクリスマスローズの原種
クリスマスローズ(学名=ヘレボルス Helleborus)の季節がやってきました。露地でも、種類によっては開花が始まっていますし、ニゲル系は今が盛りかもしれませんね。ところで、近年とても注目を集めている原種があります。ヘレボルス・チベタヌス(Helleborus thibetanus)です。私も大好きな花ですが、なぜ、多くの人を魅了するのか、その秘密を探ってみました。
鉢植えで咲いたチベタヌス。花形も花色も愛らしい
さて、このチベタヌス、最初の発見は1869年、パンダやハンカチの木として知られるダビディアを発見した、フランスの宣教師アルマン・ダビット神父が、中国四川省宝興県で採取した株でした。しかし、それ以降、2000年に日本のナチュラリスト荻巣樹徳さんが再発見するまで、確認されたことがなく、その存在の有無も不明で、専門家や趣味家の間で、幻のクリスマスローズと呼ばれていました。
中国四川省宝興県、アルマン・ダビット神父が発見した標高2,100メートル付近に群生するヘレボルス・チベタヌス(写真提供=坂口則夫)
再発見後は、愛好家を中心に自生地への調査にも入るようになり、少しずつ研究も進み、生態や分布などがわかりはじめてきました。そして、その愛好家が集まって2014年3月に設立されたのが日本チベタヌス協会です。
協会が作成したチベタヌスの自生分布地図&気象データマップ(資料提供=日本チベタヌス協会)
日本にもチベタヌスの森を
協会の前会長・出口三郎さんも、この花に魅了された一人です。元々関西で生まれ育った出口さんですが、この花に惚れてチベタヌスの森をつくるために松本市へ移住したといいます。そして、そこから車で1時間余り、聖高原にその未来の森はあります。昨年、その森に出口さんを訪ねました。
対面に見える北アルプスはまだ雪がたくさんある
対面に見える北アルプスにはまだ雪が残る5月初旬、標高1,200メートルの高原はまだ春が始まったばかりですが、露地に植えられたチベタヌスには花が咲いていました。実生から開花まで、鉢植えでも早くて5~6年かかるチベタヌス、中国の自生地のような景色に近づくには、相当な年月がかかるはずです。
標高1,200メートルの聖高原。日本でもチベタヌスが馴染みやすい環境がある
路地植えで咲いたチベタヌス。5月上旬
チベタヌスの森を目指して株を植え続ける出口さん
出口さん、松本の自宅ではたくさんのタネを播いて株を育てています。小さな子どもたち(苗)は、森に行ったり、他の人の手に渡ったりして、しっかりと日本の中で生きていってくれる苗なのだと思うと、タネから開花までの5~6年など、我慢できる時間なのかもしれません。
花が終わって実を結んだチベタヌス。とりまきする
1年前に花後に種を採り蒔いた芽出し苗
実生4年目の株。開花まであと1~2年です
最近では、展示会などで実生苗が売られている
栽培のノウハウは自生地に学ぶ
よく言われる言葉ですが、チベタヌスも中国での調査研究が進み、その生態がよく解るようになると、日本での栽培方法も今までとは違う点も出てきました。協会会長で、長野県で長らくチベタヌスを育ててきた坂口即夫さんも何度も中国の自生地へ調査研究に入って、自生地の環境を知ることで、日本での栽培のコツを得られたといいます
2019年も協会の有志で四川省や新しい自生地へ入り、生態や分布などの調査を行った。そのレポート(資料提供=日本チベタヌス協会)
2019年、最新の調査で初めて確認した鞘が赤く染まるチベタヌス(写真提供=坂口則夫)
「これまでは、山野草としての作り方、特に根の部分を小さくつくることを推奨する人が多かったのですが、それではよく育ちません。自生地は常に湿っている訳ではない、水はけのよい土壌です。しかし、腐植質に富んだ栄養のある土壌でもあるので、単に水はけをよくするだけでは育ちません。また、葉の表面に突起のような毛のようなものがあり、霧がよく出て空中湿度があるので、そこから水分を吸収しているのかもしれませんね。さらに、自生地は標高2,000〜2,300メートル付近なので、夏でも高温にはなりません。暑すぎる日本の夏の環境をどう乗り切るかがポイントです」と、坂口さん。
甘粛省の自生地。栽培ではこの環境や土壌などから学ぶことも多い(写真提供=坂口則夫)
「涼水泉花(りょうすいせんか)」。中国甘粛省のある地域でいわれているチベタヌスの別称。この花の生態をよく表現している。揮毫は日本クリスマスローズ協会の三田博行氏。
坂口さんが実践している鉢栽培のコツは、培養土は水はけをよくするために、硬質の赤玉土に鹿沼土、そして栄養分を補うために腐葉土を混ぜたものを用いるのがよい。また、夏はとにかく涼しい場所で、水をたっぷりと与えながらも根腐れしないような水管理が必要とも。長野県は関東に比べて、やはり夏の管理がしやすいといいます。
土壌がよく、夏涼しく過ごせばたくさんの花をつける株に育つ
栽培について話をする、日本チベタヌス協会会長坂口則夫さん
協会の皆さんが等しく言うのは、「実生から育てた株、日本生まれ日本育ちの株を継承していくことで、日本の気候、環境に合ったチベタヌスができるはず。そうすれば、もっともっと栽培しやすくなって、たくさんの人に愛される花になるはず」と。その通りだと思います。
チベタヌス協会が取り組む実生株の栽培(資料提供=日本チベタヌス協会)
実生から日本で育って咲いた愛らしいチベタヌス
最近は、チベタヌスを親にした見栄えのする交配種も出てきていますが、坂口さんが思うチベタヌスの魅力は「最近、よい交配種が出てきていますが、それはもちろん素晴らしいことだと思います。ただ、私自身はチベタヌスはこのままの花姿、花色がたまらなくいい、あまり改良などせずに、原種を日本に合わせて育てていくことで普及させていきたい」といいます。私はその言葉にチベタヌスへの深い愛を感じました。
坂口さんがそのままの花姿がいいという原種のクリスマスローズ。
チベタヌスを片方の親にして作出されたヨシノ。吉野桜をイメージした花は、和紙のような質感と透明感が魅力。チベタヌスのよいところが生きた交配ともいえる
ヘレボルス・チベタヌス。私もこの花を見ていると自然に咲く花のすごさ、美しさ、人智を超えた自然の営みの偉大さが感じられるのです。姿形はこのままでよい、という坂口さんのことばが腑に落ちます。もっともっと多くの人に愛されてほしい原種のクリスマスローズです。
写真提供=坂口則夫
資料提供=日本チベタヌス協会
◎日本チベタヌス協会
事務局:〒381-0103 長野県長野市若穂川田874-6 Zoony Garden内
TEL 026-282-7225 FAX 026-282-7226
取材構成・写真 出澤清明
園芸雑誌の元編集長。植物自由人、園芸普及家。長年関わってきた園芸や花の業界、植物の世界を、より多くの人に知って楽しんでもらいたいと思い、さまざまなイベントや花のあるところを訪れて、WEBサイトやSNSで発信している。
★今開催中の第18回「クリスマスローズの世界展」でも、チベタヌスの花を見られますし、協会のブースもあります。来場の際は、チベタヌスをぜひ見て知って、楽しんでください。
第18回「クリスマスローズの世界展」
会期=2020年2月21日23日
開場=10:00~18:00(最終日17:00終了)
会場=池袋サンシャインシティ展示ホールA
入場料=大人700円
詳細は下記参照
https://www.crsekaiten.com/