バラをもっと深く知る⑳ 選抜眼がポイント
新しいバラは交配のイメージを描きながら実をつける親「実親」(母親)に花粉をつける「花粉親」(父親)の組み合わせによって生まれますが、枝変わりを固定して作出される場合も。
親の面影を残しながら育種家たちはその美意識「選抜眼」によって、“新しい美”を生み出しています。上の写真は、フランスで人気の歌手兼コメディアンに捧げられた‘オーブ’(ロサ オリエンティス 写真:バラの家)。
「〇〇・・・」。新しく発表された品種を見て、突然別の品種の名前をつぶやく――この社会情勢下集まる機会が少なくなったのでいまはあまり見かけませんが、バラの専門家たちが集まるとこんな光景をよく目にします。当たっていれば当該品種の育種家が何となく頷きますが、ハズレていれば曖昧な表情に。周りにいる人は何のことやらさっぱりわかりません・・・。
「〇〇」は、推測されたその品種の親の名前。専門家たちは花や葉・株姿をよく観察、印象も含めてのその品種の樹の性質や栽培法、そして用途までも推測します。それが合っているかどうかの回答は、当たり前のことながらその品種の育種家だけが許されます。
さて「育種」には、「交配」と「選抜」の二段階があります。交配した中から、まず花の良さから選び、そして樹の性質などを何年もかけて選抜していきます。同じ交配の組み合わせでも同じようなものが生まれるわけではありません。中には「花は新しいけど、樹の性質が弱い」という品種もあるでしょう。
最終的にそのバランスで発表を決め、命名され、苗が増殖されてはじめて新品種として発表されるわけです。選抜段階では花だけでなく樹の性質についても、育種家の“美意識”が反映されます。そして親の面影を残しながらも、また新しい美しさが生まれるわけです。自然の不思議さです。
最近の品種でその不思議さをみてみましょう。
交配で“新たな美”を生み出す
国内の国際コンクールはもとより、‘シェエラザード’‘ニューサ’‘リュシオール’などが海外の国際コンクールで入賞が続くロサ オリエンティス。2014年発表の‘オーブ’も、2021年チェコ フラデツクラーロヴェー国際バラ新品種コンクールのHT部門で入賞しました。中大輪・四季咲きのつるバラです。「色は少し違うが四季咲きの‘ピエール ドゥ ロンサール’」との声もあるほど。香りもあります。ミルラにダマスクの強香です。花色はアプリコットピンクと淡いアプリコットなどさまざまな色が入り混じります。その印象から「夜明け」を意味する花名が命名されています。
実はこの品種、昨年9月にフランスの著名な歌手兼コメディアン マリアンヌ・ジェームスさんに捧げられ、アンドレ・エヴ社からその名でヨーロッパで販売されています。日本生まれの品種が海外のタレント名で販売されることはめったに無いことです。
樹は日本では2m枝が伸びるつるバラですが、フランスでは樹高1m以下とか。環境による違いです。
‘オーブ’の鉢植え(左)とアーチへのつるバラ仕立て(三重県津市・レッドヒルヒーサーの森ローズガーデンで)
この品種はフランスのバラどうしの交配から選ばれたもの。育種を通じた海外交流です。
実親は‘シャンテ ロゼ ミサト’(下左)、花粉親はHTの‘プリンセス ドゥ モナコ’(下右)。「言われてみれば・・・」。どこか面影は残っていますが、新しい美が表現されています。
実兄弟でもまったく違う個性
交配親は同じでも、違った姿かたちの品種が生まれます。
例えば京阪園芸F&Gローズ「ローズアロマティーク」の‘フィネス’と‘リヴレス’は花親も父親も同じホントウの姉妹です。
‘フィネス’は小山内健さんが育種を再開後、2017年に最初に発表した品種。ピンク色の波状弁花は分枝が良く繰り返しよく花を咲かせます。香りはダマスク系の香りにスミレやレモンバームなどが溶けこむアロマティークな芳香で、国営越後丘陵公園「第12回国際香りのばら新品種コンクール」銀賞受賞。「アロマティーク」はブランド名の由来です。樹は横張り気味に生育、よく茂ります。花名はワインの表現用語で、英語のFINEを意味するフランス語です。鉢植えにも、地植えにも(写真はいずれも国営越後丘陵公園で)。
‘リヴレス’は、2020年発表。‘フィネス’より花も株も小ぶりで、鉢植え向きです。花が咲き進んで深くブルーイングしていくので、「陶酔」を意味するフランス語が命名されています。香りはフローラルダマスクの強い香り。‘フィネス’と並べてみて、「これが同じ親の品種?」と誰もが思うでしょう。
枝変わりだと開花と咲き方が揃う
自然のものなので枝変わりで花色が違った花が咲くことがあります。まったく違った姿や性質になることもありますが、多くは似た性質。その事例として河合伸志さん育成の‘珠玉(しゅぎょく、上)’とその枝変わり‘玉鬘(たまかずら 下)’があります。‘珠玉’からは濃い紅色の‘紅玉(こうぎょく)’も生まれています。いずれも開花時期と咲き方が同じで、例えばアーチの左右に仕立てると同じタイミングで同じ姿で咲き、まとまった景観をつくります。ローズガーデンの植栽デザイナー・ガーデナーとしても活躍する河合さんならではです。
いずれも、景観をつくり誘引が容易なつるバラ。オレンジ色(紅+黄)から淡くなって桜色(淡いピンク+ごく淡い黄)に変わることがあるんですね。
河合さんが枝変わりから育成したつるバラでは‘スプリング ドリーム’(手前の花)もあります。‘サマー ドリーム’(奥の花)の枝変わりを固定、品種化しました。淡黄色とアプリコットの花が、構造物に沿って同時に、同じような姿で咲きます(群馬県中之条町 中之条ガーデンズで)。
バラのウワサ話をしよう
こうやってみると、バラは交配もそうですが、選抜に育種家の目的・考え方・美意識が色濃く反映していることがよく分かります。
育種家にとって交配親選びはまずどんなバラをつくりたいかのイメージから。ほかの育種家に自作のバラが交配親に使われることはそのバラの良さが認められたことですから、多くの育種家にとってうれしいこと。それが新たな美を生み出していればなおさらです。そうやってバラは進歩します。しかし同じようなものをつくって発表されたら、誠に残念なこととなります。
バラはきれいな花を観賞したり、またその花を咲かせるための栽培技術について語り、実践することも大きな楽しみ。加えて、そのバラそのものをプロファイリング?し、命名も含めて語り合うことも大きな楽しみです。そうやって調べていくと、さまざまなことがわかってきます。交配親は育種技術上の大きなヒミツであり育種家自身が公開する限りですが、もっともっとバラのウワサ話をして、楽しみを広げてみませんか?
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玉置一裕
バラの専門誌『New Roses』編集長。
『New Roses』の編集・執筆・アートディテクションを行うかたわら、ローズコーディネーターとしてバラ業界のコンサルティングやPRプランニング、関連イベントのコーディネート、バラの命名等に携わる。
また園芸・ガーデニング雑誌への執筆や講演を通じて、バラの「美」について語ると同時に、新しいバラの栽培法の研究も行っている。