最近、かわいくて育てたいと、多くの若い人が手に取る、小さな盆栽。一般に小品盆栽と呼ばれるものです。大きくて立派な盆栽は、たとえ気に入っても、自ら育てる、家で飾るのは現実的には困難な場合が多いでしょう。しかし、小品盆栽なら、気に入った樹を自分の手で育てられる、アパートやマンション住まいでもいくつも楽しめるという利点があります。
▲山崎ちえさん
今回、小品盆栽の魅力や栽培について知るために、「BONSAIちえ」 の名で活躍中の山崎ちえさんの教室に伺いました。7月中旬、猛暑の中、教室が開かれたのは東京都台東区にある上野グリーンクラブです。ここは、日本盆栽協同組合の本部があるところで、盆栽展や各種展示会、講座が開催され、組合による常設の売店もあります。
▲参加した方が持ち込んだ樹。小品盆栽は持ち運びができるのが利点
教室は第1回の「盆栽持ち込み教室」です。持ち込み教室とは、その名の通り、自分の樹を持参して、その樹を素材に管理や作業を教えてもらう教室です。樹が持ち歩ける小品盆栽ならではですが、教えを受ける側も、特に剪定や針金かけなどの作業は、講座で教わってきても、いざ、自分の樹でやろうとしても、上手く応用できないことがよくあります。しかし、持ち込み教室では、その心配がありません。自分の樹を素材に教えてもらうのですから。
▲管理・作業のプリントを配布。この夏に必要な情報を提供する。
まずは、プリントを使ってこの時期(7~8月)の管理と作業の解説をします。ゆったりとした説明は、ていねいでわかりやすいと参加者にも好評です。この説明の間に、参加のみなさんとちえさんが一体化したように思えました。ひと通りの説明が終わると、参加者から質問が出ます。自分の樹に関わる質問ですから、それぞれ具体的で知りたい本気度をすごく感じました。
そして実際の作業に入ります。樹を更新する植え替えや、樹形を整える剪定や針金かけです。樹は土を落としたり、枝を切り詰めたらもうやり直しはできせん。その瞬間、瞬間がある意味真剣勝負です。まして、かわいい自分の樹、失敗したくないと誰もが思い緊張します。でも、わかりやすい、納得のいく説明を受けた後は、逆に自分の樹の手入れだからか、みなさん自信を持って作業をしていました。持ち込みだからこそのメリットだといえるでしょう。
▲持ち込んだ樹を前に、植え替えの必要性と作業手順を解説する。その後は参加者自身が手順に沿って作業を行う。疑問が生じたらその場で質問して解決する
▲樹形を考えながらどの枝を整理して、どう針金をかけていくか参加者とやりとりする。説明受けて針金かけなどの作業を自身で行う
▲剪定の必要性と作業のコツを自分の樹で教わる。そのあと自身で枝を切り詰めていくが、説明直後なので迷うことなく剪定が進む
作業を終えて、樹形や根元が整った樹。
これから管理をしっかりとして、さらに樹格を高めていく
▲五葉松(ゴヨウマツ)・模様木
▲モミジ・斜幹
▲ナツグミ・半懸崖
教室が終わる頃には、この日持参したみなさんの樹が、自身の手で数段パワーアップされていました。家に帰ってからも、今日学んだことは頭だけでなく、体、手先が覚えていますから、他の樹への応用も容易になるはずです。これまでにない猛暑を乗り切る水管理が大変ですが、ひと月後やふた月後も参加したいと言っていました。
▲持ち込み教室を終えて。自身の作業で樹格の向上に満足しているみなさん。次回も参加できればと語っていました。
山崎ちえさんに聞く小品盆栽の魅力
―まずご自身が盆栽の世界に入ったきっかけを教えてください。
「学生時代、山登りをしていたのですが、卒業して勤めはじめるとなかなか山登りにいけなくなりました。そうなると、山の緑が恋しくなって、身近に緑をおきたいな、と本屋さんへ行ったとき、小品盆栽の本に出会ったんです。確かに、山へ行っているとき、樹の根元や根張りで身体を休めていると、たまらないほどよい気持ちを感じたことを覚えていました。だから小品盆栽の、その根元や根張りに魅入られましたし、育て始めるとゴヨウマツやシンパク、ヒノキの葉の香りにも山の香りを思い出し、心地よく感じました。そして、まずは趣味として盆栽教室に通い、その後。盆栽園で3年ほど修行をして、独立しました」
―その後はどう今に繋がったのでしょうか。
「独立して、講習や樹の販売などをはじめましたが、なかなかうまくいかず、途中、もうやめたいと思ったことも本当です。そんなとき、2017年大宮で開催された『世界盆栽大会』で、舞台に上がり大勢の人たちの前でデモンストレーションをさせていただきました。それからは、腹をくくって小品盆栽でやっていこうとなって、今に至っています」
▲伝統の浅草の植木市「お富士さん」に並んだちえさんのお店の小品盆栽たち
―ちえさんが伝えたい小品盆栽の魅力とはなんでしょうか。
「盆栽そのものに魅力があるのですが、私も自分で育てたいと思ったとき、現実に、小品盆栽ならできるとはじめたとおり、場所や環境をあまり気にせずに、手軽にはじめられることです。若い人でも、購入しやすい、現代風の部屋にもあわせやすいなど、老若男女、誰もがすぐに楽しめる盆栽であることでしょう。そして、この間の世界大会で、常々私が思っている、盆栽は言葉いらずで、国も世代も超えて仲よくなれるツールだ、ということを大いに実感しました。その思いをこれまで以上に広めていきたいと思っています」
―小品盆栽を楽しむために大事なことはなんでしょう。
「手軽に楽しめる、とはいっても小さくても盆栽です。逆に小さいから、樹形や樹の大きさを維持するのはそれなりの手間をかけないと、結局樹をダメにしてしまいます。水やり、肥料やり、剪定、植え替え、病虫害防除、遮光など、さまざまな管理や作業がありますが、しかし、それもとても結構楽しいものです。それは肥料を施せば葉色がよくなるとか、剪定をして新芽を出させるとか、手入れの後の反応が、樹が小さいだけにわりとすぐに見れるからです。そうなるともっともっと手入れをしてやりたくなってきます。育てる楽しさを存分に味あわせてくれるのが小品盆栽です」
―盆栽に、ペットのように癒しを感じる人がいると聞きましたが、どんなところに感じるのでしょう。
「小品盆栽も生き物です。すごく疲れているときなども、静かに自分のそばにいてくれる、そして緑の葉や格好のいい樹形を見つめていると、心がすーっと落ち着く、そんなところに癒しを感じるのでしょう。私もそうですから。だから、手間を惜しまずに育ててあげたいと思うのかもしれません」
―ありがとうございます。
▲2017年「世界盆栽大会」でのデモンストレーション
今回、持ち込み教室というちえさんならではの試みを取材しましたが、自分の樹を持ってきて、的確なアドバイスをもらい、実際、自分で作業をする。それが自分の樹なので、出来上がりが楽しみですし、家に帰ってからあらためて作業をする必要もありません。その場で、疑問、質問ができ、すぐに解消されるのも受講者にしたらうれしいものです。
山崎ちえさんの説明も、ほんわかゆったりとしてわかりやすいだけではなく、説明そのものに癒されるように私は思いました。といっても指導は的確でていねいで、樹や受講者の身になって行われていました。小品盆栽をインテリアとして楽しむ人も多いと聞きます。しかし、そこに育てる楽しさがあることを知らない人もいるかもしれません。ぜひ、育てる楽しさを含めた小品盆栽の世界に触れてほしいと思います。(写真と文 Deru)
山崎ちえ<「豆松屋」主宰、小品盆栽家>
(公社)全日本小品盆栽協会認定講師、日本小品盆栽組合組合員。1986年生まれ。青山学院大学卒業。在学中はハイキング部に所属、3年生のときに主将を務める。卒業後1年半OLを経験。書店で小品盆栽の本と出合い、趣味としてはじめる。2009年からやまと園にて本格的な修行に入る。2012年終了。独立して「豆松屋」を開業。2013年日本作風展新鋭作家部門銀賞受賞。(公社) 全日本小品盆栽協会認定講師取得。2017年世界盆栽大会(大宮)で「ミニ盆栽から始める盆栽の世界」を講演。その後、「BONSAIちえ」の名で、各地でも講演や講習で活躍中。NHKテキスト「趣味の園芸」毎月の盆栽管理について連載、その他、多くのメディアに登場している。山崎ちえさんも講習販売で参加予定。
BONSAIちえ
https://www.bonsaichie.com/
関東最大級の小品盆栽の展示会「秋雅展」(11月開催)。
http://shugaten.com/index.html
上野グリーンクラブ
https://reserva.be/bonsaiworkshop