この品種は絶対に「強香」! イヤイヤ「中香」でしょう・・・。ある日あるときの育種家どうしの会話です。そう言い合いながらお互いにとても楽しそうです。
バラの香りは日本では伝統的に「強香」「中香」「微香」と表現されてきました。上記の会話を聞いていてオモシロイのは、背景に「強香の方が中香より上だ!」という暗黙の共通認識があるから。
では花がとても魅力的な「微香」の品種は、いったいどう評価すればいいのでしょう? 例えば‘ピエール ドゥ ロンサール’。“香る”ように感じます。微香だからと言って決してこの品種の価値が下がるわけではありません。
‘ピエールドゥロンサール’
香りは微かながら“香る”ように感じる‘ピエール ドゥ ロンサール’。例えば桜のように視覚効果で「香る」ように感じることを、平安時代は「にほふ(匂う)」と言った。
ここ十年くらいの間に、「香りは強さだけでなく質や内容が大事」という考え方が広がってきました。これには調香師たちが多く審査に加わる国営越後丘陵公園の「国際香りのばら新品種コンクール」の入賞品種の表現が、大きな役割を果たしていることは間違いありません。同コンクールは今年の表彰式で10周年です。調香師たちはバラの香りを「庭の香水」に見立てて、「強い」「弱い」だけでなく、その香りのブレンド具合を重視します。それが「調和のとれた」「バランスが良い」という表現にもつながっています。
この香り表現の中で、とくに日本で大きな役割を果たすのが「ティー」の香り。世界的に見ると、日本とイギリスでこの香りが重視されるようです。「ティー」の香りはあまり強くは感じないので、ティーの香りがベースとなるものは多くが「中香」。フランスではこの香りはあまり重視せず例えば現地で一緒に選抜をしていてティーの香りがしても「香りが無い」と言いますし、「フレグランスではなくスメル」だという声も。
そこで一般的なバラの香りの大きな傾向として、典型的には次の法則が成り立ちます。
海外のバラはダマスク+フルーティの強い香り
日本のバラはティーベースのやわらかで繊細な香り
さて、そう言われる日本のバラですが、近年堂々と「強香」と言ってよい品種も登場してきました。ダマスクやフルーティの香りはもとより、ティーの香りがベースでも「強香」の品種が発表されています。
まず、西洋風のダマスクベースの強香品種。2016年春新シリーズとして発表された京阪園芸F&Gローズ「ネオモダン」の‘はいから’は、ワインレッドの中大輪花から「ダマスクの香りが濃厚に」に漂います。西洋文明を日本に取り入れた、まさしくHAIKARAな、人気の花です。
‘はいから’
ティー系の香りの品種、ティーの香りが混じる品種にも「強香」の品種が多く登場しています。
2017年5月6日~6月12日の間、京成バラ園ローズガーデン(千葉県八千代市)にて香るバラ24品種を対象に「香るバラ総選挙KAORU24」が行われました。来場者対象にアンケートを行ったところ11,306名の応募があり、次の順となりました。
【香るバラ総選挙KAORU24の投票結果BEST5】
第1位 薫乃(かおるの)(京成バラ園芸)
第2位 桃香(ももか)(京成バラ園芸)
第3位 フェルゼン伯爵(メイアン)
第4位 ヨハネ パウロ2世(J&P)
第5位 夢香(ゆめか)(京成バラ園芸)
第1位の‘薫乃(かおるの)’は、2008年発表。香りの内容は、蓬田バラの香り研究所の科学分析結果(以下科学分析結果)では「さわやかさのあるダマスク・モダン+フルーティが基調となり、ティーやミルラ香も含まれる。現代バラの香気成分を広く含有」とされています。ふくよかな花から香水のような強い芳香。育種した武内俊介さんはこの香りを「幸せの香り」と言います。
‘薫乃(かおるの)’
第2位の‘桃香(ももか)’は2003年デビュー当初から「近づくだけで香る」と言われた品種。科学分析結果は「さわやかさのあるダマスク・モダン+フルーティが基調となり、ティーの香りも多く含まれる」。国営越後丘陵公園の第3回コンクールでHT金賞と、最も香りが強いバラに与えられる新潟県知事賞を受賞。その後同園来場者の人気投票でもTOPに。こちらのコンクール評では‘薫乃’(第2回FL銅賞)‘桃香’ともに官能評価で香調は「ティー」となっています。
‘桃香(ももか)’
さて最近発表のバラの中で明らかに強く感じる香りで「強香」と言えるのが、2016年春発表のロサ オリエンティス‘エウリディーチェ’と‘アキレス’の2品種。
‘エウリディーチェ’は、直立性の樹の上に小ぶりな花が咲きます。パウダリーピンクの花からはダマスクをベースにティーの混じるブルー系のニュアンスの芳香。大人かわいい花の印象と香りがよくマッチし人気を集めています。
‘エウリディーチェ’
‘アキレス’(2016年発表)は、とても強い香りですが特徴的な香りです。科学分析結果では「フルーティ、フローラル+ティー+ウッディ・ハニー。さわやかな香り。青りんごの香りが入るティー香で広がって強く香る。香料会社も注目する香り高いリンゴの‘王林’の香り」(蓬田勝之さん)、と言います。花は白地に赤覆輪のはっきりとした花色の中大輪で咲き進んで淡くなり花芯をみせる丸弁咲きです。堂々とした直立性の樹・強い樹勢、香りも花も樹も堂々としてさわやかで、香りとよくマッチし、花名の印象とストレートにつながっています。
‘アキレス’
これらは、交配が進んで香りが複雑化してきた結果。香りは花形や花色の印象(視覚)と一緒に感じとられるもで、いまバラの香りの評価は既に、単に「強い」「弱い」だけでは評価できないことが分かります。
「強香」「中香」「微香」という表現から、香りの内容、そして花と香りの印象のマッチ具合の評価・表現へ。香りに上下関係はありません。また香りの内容からみて蓬田勝之さんは「ティーの香りが交配によりミックスすることで親しみやすく洗練された香りになる。次代の美しい香り姿かたちや花色にふさわしい香り」と言い、ティー香の重要性を強調します。これは日本のバラ育種にはとても大事なポイントです。
そして海外のバラも含めて総合的にみると、ダマスクかティーかなどの内容にもかかわらず、香りも含めて花色や花形の視覚のイメージによく合った「芳香」で、印象が際立つことが大切なのでしょう。
「強香」「中香」「微香」という従来の評価・表現法もそれはそれで分かりやすいのですが、マイナスにとらえられがちな「微香」だけは例えば「淡香」と表現していったらいかがでしょう。淡くほのかな雰囲気の花に淡く繊細な香りがよくマッチする品種も、数多くあります。
さらにいちばん大切なのが、その香りを実際に嗅いで、親しい仲間と強い・弱い、スキ・キライ、また内容も分類とかに関わらず恐れず「○○の香り」と口に出して表現すること。感覚は人それぞれです。「○○のような香り」でもかまわないでしょう。それでバラの香りに対する自分の標準ができ、バラの楽しみは、もっともっと広がっていきます。
著者紹介
この記事で紹介された植物について
バラ
学名:Rosa /科名:バラ科 /原産地:アジア、ヨーロッパ、中近東、北アメリカ、アフリカの一部 /分類:落葉(ツル性)低木 /耐寒性:中~強/耐暑性:中~強
気品あふれるその華やかな姿から、花の女王とも呼ばれるバラ。
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玉置一裕
バラの専門誌『New Roses』編集長。
『New Roses』の編集・執筆・アートディテクションを行うかたわら、ローズコーディネーターとしてバラ業界のコンサルティングやPRプランニング、関連イベントのコーディネート、バラの命名等に携わる。
また園芸・ガーデニング雑誌への執筆や講演を通じて、バラの「美」について語ると同時に、新しいバラの栽培法の研究も行っている。