菊池はるみさんからの野草だより 佐渡島の春
新潟県佐渡島在住の菊池はるみさんから、春の野草だよりが届きました。新型コロナウイルス禍の中、佐渡島での感染者はゼロだそうです。絶対に外から持ち込むようなことにはしたくありませんね、美しい佐渡島のために。
山と海の花をいっせいに楽しめる
佐渡島の春を告げる植物といえば、山に咲くオオミスミソウ(雪割草)、沼地のミズバショウ、うす紫と白い花のハマダイコンの大群生と、岩場に控えめに咲くハマハタザオです。
今冬はこれまでに経験ないほどの暖冬で、積雪はほとんど見られませんでした。野草の開花は早めでしたが、4月の気温が低かった影響もあり、花を楽しめる期間は例年より少し長めだったようです。東京23区 の1.5倍ほどの面積の佐渡島は、山の花と海の花が身近で見られるスポットがとても多いというのが特徴です。通勤途中でも両方の花を楽しめてしまいます。
わが家の庭でも、小さな野草たちが次々花を咲かせています。特に目をひくのが、ハマワスレナグサ、キュウリ グサ、ノミノフスマの花たち。目を凝らせば、とても愛らしい姿で心がほころびます。少しだけ採取させてもらって、小さな花束にして写真に納めます。そして、友人に「この花は道端の野草だよ」と教えると、誰もがびっくりするその顔を見るのが、最近の私の楽しみの一つになっています。
野草を調味料に
かわいらしい草花たちで、野草塩を作るのが毎年の恒例になっています。天然塩と合わせると花の色に染まり、料理に使うのが楽しみになります。サラダにかけたり、天ぷらをつけて食べるのがおすすめです。緑色のハコベ塩は、江戸時代から歯磨き粉として使われてきたので、デンタルケアとしても使っています。
野草を食す
雑木林の下には、日本海要素のオオバクロモジが花を咲かせています。漁が盛んだった佐渡島では、 食中毒予防や魚の臭み消し対策にオオバクロモジの枝を入れた煮込み料理が定番でした。千利休も愛したそのさわやかな香りは、目が覚めるようです。細かく刻んだオオバクロモジの枝を、コーヒー豆にに少し混ぜてドリップしたフレーバーコーヒーを飲むのが、私の朝の楽しみになっています。
陽当たりのよい雑木林の下には、リョウブも新芽を出しています。糧葉(かてば)と年配者は呼びますが、糧にするほど日常的に食されていたそうです。リョウブのおかげで、激動の時代を乗り越えることができたという話を何度も耳にしました。 保存の仕方よっては、10年蓄える事ができるといわれるリョウブは、ご飯との相性のよい葉です。さっと茹でて塩で揉んでから刻んで、おにぎりの具にするのが一番おいしい使い方です。
少しジメジメした杉林の下には、ハナイカダも葉を広げています。こちらも糧葉(かてば)と呼ばれるものの一つで「陸のワカメ」と例えられています。ハナイカダの葉は、打ち豆と合わせて味噌汁の具にするのが佐渡の定番。アク抜きの必要はないので、沸騰した鍋に刻んで入れるだけで食すことが出来 ます。例えの通り、食感と味はなんとなくワカメに似ていて、とても美味しいです。
田んぼのあぜにはコウゾリナが食べ頃。お年寄りが口をそろえて「美味しい野草だよ」と語るコウゾリナは、ロゼット状の時が旬で、この時期を逃すと苦味が出てきます。油との相性がよいのでアク抜きせずそのまま刻んで野菜炒めにするのがお勧めです。
同じくあぜにはツリガネニンジンが、4~10本のまとまりになって自生しています。「山に旨いはオケラにトトキ」と言われ、親しまれてきました。オケラとはサドオケラ(ホソバオケラ)をさしますが、自生を見かける事はほとんどありません。トトキとはツリガネニンジンを指します。美味しい時期は春。秋になると美しい紫色の釣り鐘型の花を咲かすのですが、この時期になると硬くて食べることは出来ません。ツリガネニンジンはゴマ和えにするのがおすすめ。ホウレンソウのようにアク抜きし、水気をとってすり胡麻と醤油で味を整えます。 佐渡島に自生するツリガネニンジンは、江戸期に幕府に出荷していた『佐渡国薬種二十四種』の一つでした。なんだか特別な薬草を採取している気分になり、いつもワクワクしながら集めています。
佐渡奉公所より江戸幕府に差し出した物産の項。 紫の花が美しいツリガネニンジン(秋)。ここに佐渡国薬種24品が記されている
草木の手作りお香
佐渡島に自生するツバキは2種、低木のユキツバキと、高木のヤブツバキです。5月上旬まで花をつけるヤブツバキの花は、ご先祖様を弔うお香でした。お香に使用するのは花弁のみ。道に落ちている、新鮮な花を集めて乾燥させます。カラカラに乾燥させた花弁を、ミキサーにかけて細かくしますが、昔は石臼で細かくしたそうです。その名を「花香」と呼び、甘い焚火のような香りは、なぜか非常に落ち着く素朴な香りです。
浜辺の人は海浜に自生するハマゴウの葉を、その他ハイイヌガヤやシキミなどを、地区によって手に入りやすい香りの強い植物を利用していたそうです。今はホームセンターでも簡単にお線香が手に入るため、手作りお香を作っている家庭はないと思います。ところが偶然にも、一人だけ実際に椿の花香を作っていた経験をお持ちのお婆さんにお話を伺う事が出来 ました。
「どこの家にも香盤(こうばん)の一式があった。香をたく30センチ角の灰の入った木箱。香板という型板を乗せて香を盛るが、香板一枚が香ひと盛で香盤は四盛りの大きさだった。よい香りがしたんだよ」と教えてくださいました。
お年寄りからお話を伺いながら、昔ながらの知恵を受け継いでいこうと心に決めて5年が経とうとしています。先人は、どんなに小さな草花や植物たちにも価値を与え、見つけて楽しむ知恵、季節ごとに出会う楽しみを作っていたのだなと感じます。足元にある小さな野草から頂く喜びを見つける積み重ねが、人間の心を豊かに耕してくれるのではないでしょうか。
前回の記事はこちら
写真提供:伊藤 善行
参考:佐渡薬草風土記『佐渡国薬種24品』
菊池はるみ
佐渡野草研究家。昭和55年佐渡島生まれ。佐渡野草研究家。高校卒業後新潟市で製菓専門学校を卒業、パティシエとして働く。結婚で佐渡島へ帰島。3人の子どもを育てる母親でもある。暮らしの中で楽しむ野草、佐渡島から全国へ発信している。
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