ハーブ王子・山下智道 本当のお屠蘇を知っていますか!
毎年、当たり前のように元旦の朝に家族で集まり、とても美味しいとは思えないお酒を頂く。そう「お屠蘇」である。私もこれまでは、ただの無病息災を願った縁起物としか思っていなかった。しかし、そこには緻密な計算と薬用植物と人間との深いエピソードが刻み込まれていた。
お屠蘇の起源
お屠蘇の歴史をさかのぼると、日本発祥ではなく中国の三国時代にたどり着く。三国時代とは後漢滅亡後、魏、呉、蜀 の三国が鼎立した時代である。この時代に活躍した、大胆であり緻密なデータ的医学を兼ね備えた伝説的な医者・華陀の存在がとにかく気になる。華陀は麻酔を最初に発明したとされており、麻沸散と呼ばれる麻酔薬を使って腹部切開手術を行った医者としても有名である。曼陀羅華などで有名な日本の江戸時代の医者・華岡青洲も華陀をかなり意識し、そして憧れ、日本の華陀になりたいと言わせたほどである。その華陀が約10種の薬草を調合し酒に浸けて飲んだのが、お屠蘇の起源とされている。
日本への渡来は平安時代の嵯峨天皇の時代に中国の博士・蘇明が和唐使として来朝のとき伝えたものとされ、今で言う元旦、天皇四方拝の御式後、お酒にこのお屠蘇を浸して頂いた事が日本でのお屠蘇の始まりとされている。このお屠蘇は聖なるお酒、供御(くご)薬儀「ミクスリヲクウズルギ」として天皇に献上し、1年間の無病息災を祈ったそうだ。庶民が一般的にお屠蘇を頂く習慣が出来たのは、薬草がより一般的に活用されるようになった江戸時代だ。
お屠蘇を構成する、薬用植物
屠蘇散の構成やブレンドは地域や時代によって若干の変化はあるようだが、最も古いものであると『本草綱目(ほんぞうこうもく)』に掲載されている赤朮、桂心、防風、バッカツ、蜀椒、桔梗、大黄、烏頭、赤小豆である。本草綱目とは、日本の薬草学や植物学において、古来の基本書として大きな影響を及ぼした本と言っても過言ではないはずだ。作者は明朝の李時珍、1578年に完成し1596年に南京で上梓されたとされている。
中国の薬草学においてあの伝説的人物、神農がすべての薬草や毒草を食べ、自身の身体での人体実験を綴ったとされる『神農本草経(しんのうほんそうきょう)』を原典として、多くの増補が繰り返されてきた。だが、時代が下るにつれて、名称や薬効についての細かな誤りが多数含まれるようになっていき、李時珍はこれを憂慮して、新しい本草学書の編纂を生涯かけて手掛けたとされる。後にこの『本草綱目』は、長崎で日本の本草学者の林羅山が本草綱目を入手し、駿府に滞在していた徳川家康に献上し、薬草が大好きな家康は、これを基に本格的に本草研究を進めたとされる。
昔のお屠蘇の材料と今
さっそく、本草綱目に記載されている赤朮、桂心、防風、菝葜、蜀椒、桔梗、大黄、烏頭、赤小豆をご紹介していこう。
赤朮(セキジュツ)
中国に自生するホソバオケラ(Atractylodes lancea)である。このホソバオケラは江戸時代に、焚蒼(タキソウ)といって、根茎に火をつけて煙を部屋に出させることで、梅雨の時にカビや蚊などの虫害や部屋の抗菌などを目的とし、よく焚かれていたそうだ。現代では、一般に焚蒼といわれる。
桂心(ケイシン)
シナモン、ニッケイ属(Cinnamomum)の皮から取れる生薬「桂皮」のことである。僕が思うに、ここに登場する桂心とは中国原産のニッケイ(Cinnamomum sieboldii)ではないかと思っている。
防風(ボウフウ)
セリ科ボウフウ属の中国東北部から華北原産の多年生草本である(Saposhnikovia divaricata)。ボウフウの根茎は防風という生薬で日本薬局方に収録されており、発汗、解熱、鎮痛、鎮痙作用があり、中国では古来からかなり重宝されている。日本の海岸に生えるボタンボウフウやハマボウフウとはややこしいが別種である。
菝葜(バッカツ)
あまり聞き慣れない名前であるが、サルトリイバラ科サルトリイバラ属のサルトリイバラ(Smilax china)の根の生薬名である。日本ではサルトリイバラの葉を西日本では柏葉代わりに代用するが、お屠蘇に使用する生薬ではサルトリイバラの根を利用する。
桔梗(キキョウ)
キキョウ科の植物(Platycodon grandiflorus)で、秋の七草でもお馴染みの可憐な野草である。この根が生薬で桔梗根といい、杏蘇散(きょうそさん)、参蘇飲(じんそいん)、排膿散(はいのうさん)、清肺湯(せいはいとう)、柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)、十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)、防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)など多くの処方に配合されているのだ。桔梗の薬効成分として有名なのはキキョウサポニン、これはサポニンの界面活性作用が痰をきれやすくするといわれ、そのため去痰作用のある生薬として用いられている。
大黄(ダイオウ)
タデ科ダイオウ属(Rheum)の総称である。生薬では、本属の根茎を基原とした生薬を大黄と言う。この仲間でネパールからチベットにかけて生息する高山型のセイタカダイオウを父親がよく現地で撮影した代物を自慢してくる。僕もいつか必ず近くで拝みたいものである。
烏頭(ウズ)
ちょっとビックリするかもしれないが、トリカブト属(Aconitum)の母塊根である。もちろん有毒なので現在では一般の利用は考えられないが、定められた方法での減毒加工の上で、生薬として、鎮痛・強壮薬として利用する場合もある。
赤小豆(シャクショウズ)
マメ科のツルアズキ(Phaseolus calcaratus)またはアズキ(Phaseolus angularis)の成熟種子のことである。一般的にはツルアズキを赤小豆といい、アズキを赤豆という。ツルアズキの別名タケアズキといい広東スープの食材としても一般的。
現代のお屠蘇
さて、『本草綱目』に記載されている、昔のお屠蘇の植物を解説してみたが、いかがだろうか。今、『本草綱目』から400年以上の歳月が流れ、その過程で、高価な外来生薬が国産の類似生薬に置き換わるとともに、毒性の強いものを避けて、より穏やかな作用で誰もが楽しめるものへと進化した。例えば、赤赤朮(蒼朮)は白朮に、蜀椒は山椒へ、そして作用の激しい大黄や烏頭は使われなくなった。現在では
白朮、山椒、肉桂、桔梗、防風の5種を基本に乾薑、陳皮、細辛などを加味して製することが多い。
実際につくる
基本的に屠蘇とは鬼気を屠絶(トゼツ)し、人魂を蘇生するという意味である。新年という区切りに一家の延命長寿、無病息災を願って飲む薬草酒である。それでは、実際にお屠蘇を作ってみよう。
★お屠蘇を作る前の作法
お屠蘇は基本的に大晦日の晩に、屠蘇散いわゆる薬草が入った袋(この袋は、三角形に縫った赤い絹の袋が基本)を井戸の内側に吊るす。一晩吊り下げられた屠蘇散は、元旦の早朝に取り出して、みりんなどに浸す。
★材料と作り方
1.日本酒または本みりん 約300mlを用意する。また、日本酒と本みりんを好みの甘さにブレンドして、300mlにしてもよい。アルコールが苦手な場合は、水で倍量程度に割ってから生薬を漬けてもよい。
2.適量の生薬(一般に入手可能なもの7~8種)を7~8時間(ひと晩)浸し、成分を抽出する。生薬は乾燥して成分が濃縮されているので、欲張って入れすぎないように注意する。
3.薬草の香りと色、かすかな苦味が感じられれば出来上がり
年末になると、神社やお店などで屠蘇散を販売している場合もある。それらもいくつかの生薬がブレンドされている。もちろん、それを使ってお屠蘇を作るのも手軽でオススメ。
お屠蘇を頂く
元旦、早朝に汲んだ水で身を浄め、初日や神棚、仏壇などを拝んだあと、家族全員そろって新年の挨拶をし、おせち料理をいただく前に、お屠蘇を頂く。
一家揃って東の方角を向き、年少者から年長者へと盃を順にすすめる、若者の精気やエネルギーを年長者に渡すという意味合いがあるのだとか。ちなみに、飲むときには「一人これを飲めば一家くるしみなく、一家これを飲めば一里病なし」と唱えるのだ。
たかがお屠蘇、されどお屠蘇で、薬用植物の文化や歴史がこの一杯の薬草酒に溢れていると思うとなんだかとても心が豊かになったかのような気がする。中国の薬草の歴史が日本に入り、より身近な調合に代わり、誰でも作れるような薬草酒になっている。
今年の正月は、自分で調合しお屠蘇を味わってみたいと思う。いつもそうだが、植物を知れば知るほど、些細なことで古来の文化の美しさなどに感心する。この不自由ない、便利な時代だからこそ、こういった文化を感じることは大事なことではないだろうか。
(野草研究家 山下智道)
写真提供=池村国弘(薬草12点)、国立国会図書館(『本草綱目』『神農本草経』)、フォトライブラリー(関羽・華陀像)
写真撮影=出澤清明
撮影協力=manmaruno(MiKi Here)
ハーブ王子 Profile
本名:山下智道 福岡県北九州市出身。
野草研究家・野草造園家・藻類研究家・作詞家・作曲家・ヴォーカリスト
登山家の父のもと幼少より山・自然植物に親しんだことが植物愛の基盤となり、
適格・豊富な知識と実践力で幅広い年齢層から支持を集める。観察会や、ワークショップ等、全国を舞台に活躍中。テレビ出演や雑誌の連載なども多数。著書に『野草と暮らす365日』(2018年、山と渓谷社)
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